うなぎのように
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──うなぎのように
ついにレニでロイドがヴォルフ・カルテルとカルタビアーノ・ファミリーのメンバーと契約をもうひとつ交わすときが来た。
場所はレニにある高級ホテル──カジノ付きのホテルのレセプションルーム。
事前にロイドから連絡を受けた麻薬取締局の特殊作戦部隊が盗聴器をあちこちにセットする。普段は調べないような場所にしっかりとしかけた。
それからロイドがヴォルフ・カルテルとカルタビアーノ・ファミリーを出迎えるのを待つ。フェリクスたちはホテルの中と外で監視を行っていた。
「来たぞ、連中だ」
「畜生。チェーリオ・カルタビアーノがいない」
「奴は第二目標だ。仕留めるべきはヴォルフ・カルテルとカルタビアーノ・ファミリーという組織だ。ロイドが抜かりなくやってくれることを祈ろう」
フェリクスたちはホテルのレセプションルームの地下に陣取り、盗聴器からの情報をリアルタイムで聞き取る。
『ようこそいらっしゃいました。この度は契約が締結に至って嬉しく思います』
『我々もだ、ミスター・リース』
ロイドと男たちが喋り出す。
『事前に確認しておきたいのですが、この取引は連邦法の下に締結されます。連邦法に違反するようなことは何もありませんね』
畜生。ロイドの奴、シナリオと違うぞ。その話を持ちだすのは最後だ。もう怖気づいているのか? 早く、取引を終わらせて逃げようというつもりか?
『我々が連邦法を犯していると言いたいのか?』
『ただの確認です。どの顧客に対しても行っています』
『そうだな。連邦法には違反していない。我々の雇用主もそのような違反はしていない。そうだろう?』
今のは誰に確認を取ったんだ? カルタビアーノ・ファミリーか?
『全く以てその通りだ。俺たちはただのビジネスマンだ。法律を犯すような真似はしてない。それは確かだ』
『それならばいいいのですが。正直になりましょう。我々はこれからひとつのプロジェクトを一丸になって進めるんです。何かしらの間違いがあってはいけません。もう一度確認しますが、連邦法に違反は?』
ダメだ。それで連中が喋るはずがない。
『あんたはこの取引で動く金が汚れた金じゃないのかと疑っているのか? ドラッグマネーか何かだと? それだとして何か問題が?』
『ドラッグマネーですって?』
『あんたはもう知ってるんだろう。俺たちが誰のために仕事をしているかを。だが、あんたたちには金が必要だ。ドラッグマネーだろうが、なんだろうが。あんたたちのために金を出してやると言っているんだ。大人しく契約を結ぼうじゃないか』
はっきりしないが、違法性のある資金であることは認めた。
使える証拠になるかもしれない。
『分かりました。それでは契約を』
それから会話はしばらく続いたが、もうドラッグマネー云々の話はでなかった。ドラッグマネーだと断定できる話も出て来なかった。
「まずまずだな」
「失敗ですよ」
「いいや。証拠のひとつとしては使える。覚えているか、フェリクス。地道な捜査の積み重ねが大物を仕留めさせるんだ。焦りは禁物。確実に目標を仕留めていくことこそが大事なんだよ」
「そうですね。すみません」
「そろそろ“連邦”からも便りが来る頃なんじゃないか?」
「確かめておきます」
それからフェリクスは郵便局の私書箱を確認した。
届いていた。ジークベルトからの情報だ。
フェリクスはそれを市警本部に持ち込む前に自分で確認する。
中身は録音テープをそれを文字起こし文章だった。
『アロイス。資金運用についてアドバイスをいただけませんか? 我々も抗争が終わってそろそろ平和的に資産を運用したいと思っているのです』
『ああ。そういうことを考える段階に来ているのか。俺は不動産投資を行っている。“国民連合”の不動産価格は上がる一方だ。投資しておいて損はない。必要ならば、紹介状を書いてやってもいい』
『それはありがたい。ですが、我々はドラッグカルテルです。代理人を立てた方がいいのではないですか?』
『それはあんたの自由だ。俺は代理人と信頼のおけるパートナーに仕事を任せている』
『なるほど。ちなみに、その人物を紹介してはもらえませんか?』
『無理だな。向こうも危険な橋を渡っている。ただ、不動産会社選びの手伝い程度ならば手を貸してくれるように頼んでもいい』
『それはそれは。感謝します』
『気を付けろよ、ジークベルト。“国民連合”では“連邦”のようにはいかないからな。向こうではドラッグカルテルは絶対の存在じゃない』
『ええ。分かっています』
それから暫く会話は続き、ロイドの会社の名前などが出てきたところで録音は切れた。ロイドの会社と取引してるとはアロイスは言わなかったが、ロイドの会社を紹介してはいた。これは繋がりを示す証拠のひとつになるだろう。
「地道な捜査の積み重ねこそが犯罪捜査だとしても、なかなか尻尾が掴めないのには正直、堪えてくるな」
フェリクスはそう愚痴る。
捜査は進んでいるようで進んでない。証拠に使えそうなものは集まっているが、令状を取れるほどのものはない。仮に令状が取れても裁判に勝利できるまでとはいかない。
それにやはりヴォルフ・カルテルそのものを挙げなければ、チェーリオ・カルタビアーノを単独で挙げるというのは無理だ。証人としてドラッグカルテル側の人間が必要になってくる。
そのドラッグカルテル側の人間は巣に籠った熊のように動かない。
そう目立つ動きをする必要もないのだ。ヴォルフ・カルテルは今や対抗する組織の存在しない“連邦”で最大のドラッグカルテルなのだ。そうであるが故に、わざわざ目立つことをしてまで稼ぐ必要はないのだ。
では、どうすればいいのか。
もう一度騒動を起こしてやるか。
ダメだ。それは“連邦”の市民が犠牲になる。レーヴェ・カルテルの一件でもそれは分かったはずだ。下手な抗争を引き起こすべきではない。
しかし、そうなってしまうとヴォルフ・カルテルそのものに手が出せない。今のヴォルフ・カルテルは事実上“連邦”のドラッグビジネスを完全に仕切ると同時に、“連邦”に平和をもたらしているのだ。
クソッタレなヴォルフ・カルテルによる平和。
奴らは最大の保険を手にした。自分たちを潰せば混乱が訪れるという保険を。
“連邦”で起きた2回の巨大な抗争。『ジョーカー』を巡る抗争。キュステ・カルテルの分裂による抗争。“連邦”も“国民連合”ももう二度とこのような抗争が起きるのはごめん被るという状況になった。
ヴォルフ・カルテルは全てを鎮圧し、ヴォルフ・カルテルによる平和をもたらした。麻薬取締局までそのことに利用された。
だが、どうしようもない。ヴォルフ・カルテルによる平和は訪れてしまった。ヴォルフ・カルテルが揺らげば、“連邦”が揺らぐ。
そのとき電話のベルがなった。
「もしもし?」
『フェリクス・ファウスト捜査官? あなたに伝えたい情報があって電話した』
「誰だ?」
『しがないビジネスマンだよ』
電話の向こうの声はそう言った。
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