刑事の意地
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──刑事の意地
フェリクスは西部にまだいた。
彼は上司への報告を手早く済ませると、上等な西部産の赤ワインを買い、それを丁重にラッピングしてもらい、タクシーに乗った。
彼が目指したのは郊外にある住宅街。
尾行がいないかは何度も確かめた。だが、昼間の喧嘩騒ぎが効いたのだろう。フェリクスの乗ったタクシーを尾行する車両は現れなかった。
フェリクスはネクタイを正し、閑静な住宅街にある一軒の家のチャイムを鳴らす。
チャイムを鳴らしてから数秒ほどしてフェリクスの知っている顔が現れた。
「君か……。やはり、昼間の騒ぎは……」
「敢えて乗っていただいたことに感謝します」
フェリクスを出迎えたのは州警察の警察署でフェリクスを叩きだした刑事だった。
ギルバート・ゴールウェイ警視。州警察麻薬取締課の課長だ。
「敢えて乗ったわけではないぞ。本当に腹が立ったんだ。だが、君の言い分も分からなくはない。確かに州警察内に内通者がいる。話は中でしよう」
「ありがとうございます」
フェリクスはギルバートの家に上がる。
「あら。あなた、お客様?」
「フェリクス・ファウスト特別捜査官だ。こっちは妻のグレンダ」
「よろしく。ファウストさん。夕食はもう食べられた?」
「ええ。ホテルで。良ければこれを」
「まあ、この赤ワイン高かったでしょう。今、チーズを切ってくるわ」
グレンダはそう言ってキッチンの方に向かった。
「あの後、捜査はどうでした?」
「売人は何も吐かなかった。懲役15年は確実だな。正直、俺としてはヤク中を刑務所に送るのは反対なんだが」
「理由をお聞かせ願っても?」
フェリクスは興味をもってそう尋ねる。
「意味がないだから。ムショから出ればどうせまたヤク中に舞い戻って、売人を始める。懲役15年間ムショに叩き込もうと、何ら変わることはない。年をとってもヤク中はヤク中のままであり、いいように使われ続ける」
そこでギルバートはため息をついた。
「俺たちがいくら末端の売人を検挙したところで、沈没寸前の船から料理用スプーンで水を吸い出すようなものだ。意味がない。俺たちはこれまでのギャングならば、中間の売人どころか、ギャングそのものを検挙できた。だが、今回は話がまるで違う」
「ドラッグカルテルは戦略を変えました。西部に流入するドラッグの量は去年の10倍。連中は強力な協力者を得たと見るべきでしょう」
「そして、売人たちが恐れるほどに暴力的。こちらの捜査の手を躱し続けるほどに狡猾。麻薬取締局ではこれをどう見ている?」
「レニが取引の中心地なのではないかと見ています。レニ都市警察は組織犯罪には弱い。それでいて自由都市なので中央政府の捜査機関も、州警察も介入できない。恐らくはそのレニにいるギャングが西部一帯のドラッグビジネスを仕切っているのではないかと」
「レニか……。確かに手が出せないな」
ギルバートが苦々しい表情を浮かべる。
「レニのギャングについての情報は?」
「あるが、古い。ギャングたちの世代交代や分裂と統合のサイクルは恐ろしく早い。昨日までの敵対していたギャング集団が停戦したかと思えば、新しいギャングが生まれているというのはよくあることだ」
「だが、カルテルはそんな脆弱なギャングには大規模な取引は持ち掛けない」
「そうだな……。古い資料で今も残っているギャングがあれば、それが怪しいな」
ギャングはギャングだ。抗争に次ぐ抗争。統廃合。新規参入。レニのマギテク関連のヴェンチャー企業のように消えては、新顔が現れる。そのサイクルは恐ろしく速いというのは確かである。
だが、そんな将来性の不確かなギャングに大規模な取引を持ち掛けるのはドラッグカルテルらしくない。連中は慎重だ。奴らにとっての問題は、“国民連合”に密輸したドラッグををどう金に変えるかにあるのだ。
連中は纏まった取引ができるビジネスパートナーを探している。そして、今回それを見つけた。だから、今年に入ってからのドラッグの市場流通量が10倍以上に増えたのだ。
だが、そのビジネスパートナーさえ潰してしまえれば、ドラッグカルテルはまた前のように小さなギャングに鯉の餌を与えるような小規模な取引しか行えなくなるだろう。
そして、そういうギャングの摘発には州警察単独でも行える。
問題はどうやってレニにいるギャングを捕えるかだ。
「ゴールウェイ警視。レニにコネは?」
「あるにはあるが、恐らく君に対する態度は州警察のそれ以上だぞ」
「覚悟は決めています。俺の戦友の内5人はドラッグのオーバードーズで死にました。仇を討ってやりたいんです」
「捜査に私情を持ち込むべきではない」
「そうです。ですが、俺はドラッグを許せない。ドラッグを売る連中を許せない」
ギルバートとフェリクスがそんな話をしていたとき、ワインクーラーに入れたフェリクスのプレゼント品である赤ワインとチーズが運ばれてきた。
「君のプレゼントだ。君も一杯やっていくだろう?」
「では、お言葉に甘えて」
ワイングラスに赤ワインが注がれ、芳醇な香りが漂う。
「西部には西部の誇りがある。確かに中央と協力しなければならないことは分かっているが、簡単にはそうできない理由があるのだ」
ギルバートは語る。
「今の“国民連合”政府は反共保守派だ。対して西部の州知事は改革派政党の出身者だ。州知事はホワイトグラスなどの中毒性の低いドラッグを合法化することで、ドラッグを売買している連中が暴利を貪れないようにしたいと思っている」
「ですが、今回のドラッグはホワイトグラスとは比べ物にならないほど危険です」
「分かっているが、州知事は厳罰化の方針を止め、治療に力を入れるべきだとも主張している。俺個人としては納得している。だが、そんな州知事にとって、西部がドラッグビジネスの温床になっているということは逆風になる」
「州知事から捜査に圧力が?」
「それとなくな。検挙数を減らして、西部は上手くやっていることをアピールしろと暗に言われている。だから、思い立った手段が取れない。売人から上に上がっていく戦術はどの道、レニにギャングがいるのでは手が出せないということもあるが」
ギルバートはそう言って、ワイングラスを傾ける。
「俺だって刑事だ。警察学校では正義について教わった。市民のためにも義務を果たしたい。例の殺された売人についてもしっかり調査して、犯人を割り出し、誰が誰に雇われてやったことなのかをはっきりさせたいと思っている」
「しかし、州知事がいい顔をしない」
「そうだ。州知事は歴史に名を残したいんだ。自分こそがドラッグ合法化によって、ドラッグ犯罪を減らしたと。だが、現実は違う。ホワイトグラスはゲートウェイドラッグとして機能し、それに慣れてしまった連中がスノーパールなんかの危険な薬物に手を出す。ドラッグ犯罪は少なくなるどころか、過去最悪の状態にある」
ギルバートは唸った。
「俺も刑事なんだ。手伝えることは手伝う。捜査情報についても共有しよう。それから例のギャングの件も洗っておく。レニにいるコネのある刑事にも頼んでみる。だが、州警察の警察署で話すのはなしだ。内部監査は恐らく行われない。内通者は野放しだ」
「分かった。これから俺たちでドラッグカルテルを追い詰めていきましょう」
「ああ」
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