鏡って必要ですか?

@yuu001031

第2話

 コジロウが去っていった。

 虚無感からか昔の記憶がフラッシュバックした。

 顔も覚えていない男と母さんが言い争いをしている。男は母さんにすぐに手を出す。おれは母さんが啜り泣くのを見ていた。何も出来やしない。今も、昔も。

 またひとつ、壊れた音がした。



 体育館に戻ったおれはとりあえずグループで分かれていたのでその周辺のところで人を探していた。

「お、山ちゃんじゃんどうしたの?頬」

 話しかけてきたのはクラスカースト2位に位置するまとめ役、倉木渚。大体のスポーツは出来るし勉強は人並みだが、持ち前のコミュニケーション能力で上位に食い込んでいる。

「ああ、物が飛んできて当たってしまった」

「ふぅ〜ん」

 倉木はどうも気に入らなかったようだったがそのまま流した。

「さ、ここが私たちのスペースよ」

「ありがとう、正直困ってたからな」

「いえいえ、ねぇ、そんなのよりもさ」

 どうしたんだろう、そんな話し込むような仲でもないはずだが。

「夕方、会おう?外で」

 意外だった。だが断るわけにもいかないので、ここは承諾する。

「ああ、そうしたい」

「ほんと?良かった〜〜」

「じゃ、またいうね!」

倉木が気になったが今はそんな時間がない。

おれはそそくさと荷物を取り出してそのまま勉強し始めた。



 結局、夕方とは言っていたものの、午後6時に体育館裏にくるはめになった。体育館裏は意外と草が抜かれており、幸い虫もそんなにいない。

 まだ倉木は来ないようなので考え事をしていた。あれから3日経つがやはりあの男の話は信じるに値しないと思っている。というより信じる材料といえばシヴァとかいう巨体の話だけだった。シヴァについては特殊部隊が派遣されたようだし、移動速度も遅いためか未だ大問題には至らないで済んでいる。

 パラレルワールドの話なんかはこっちの世界では知っている人間がいないため世間的にもほぼスルーとなっている。

 そんなことを考えていると足音がした。

「早いなぁ山ちゃん」当然倉木だ。

「待たせるわけにもいかないし、何か大事な話な気がしたからな」

「うん、たしかに大事かも」

 6月後半とはいえ午後6時である、なかなかに薄暗いためか倉木の表情などは窺うことが出来ない。

「なんだ?なんでも言ってくれよ」

「うん、あんまり話したことないのに結構な話するんだけどさ」そう言って倉木は紙を渡してきた。

「これなんだけど」おれは受け取って流し読みしてみた。どうやらシヴァ対策課が発行している特殊部隊の紹介チラシのようなものだった。

「私、ここの司令部に入りたいの」

 意外だった。倉木はシヴァについて特に話すことなく落ち着いていたからだ。

「そうか、募集要項からみるに、入るのは厳しくなさそうだが仕事は並の大人でも厳しいと思うぞ」

 あまり女子にはおすすめできない職業だし、なにより命の危険すらある。生ぬるい覚悟ではやっていけないだろう。

「うん、それは覚悟してる。でも私、どうせ滅ぶなら人のために働きたいの」

 いままでの倉木のイメージとはかけ離れたとても責任感が強い純粋にいいヤツだと思った。評価し直そう。

「わかった、倉木がそうしたいならすれば良いと思う。でもなんでおれなんだ?」

「あのね、一緒に行って欲しいの」

 突拍子もないことに少し驚いた。

「私、山ちゃん頭いいと思うんだよね」

 ほほう、過大評価も考えものだな。

「一番冷静というか、物事を客観的にみる力があると思うの」

 たしかに、まぁそうかもしれない。

「それに」

 倉木が近づいてきておれの耳元まできた。思わず距離を取ろうとしたが躊躇った。

 そして倉木は耳元で呟く。

「山ちゃん、シヴァとあの男、倒したくない?」




 わかっていた。ずっと心の奥底で考えて押し殺していた自分の声のこと。

 わかっている。そんなことで母さんやみんなが戻ってこないってこと。




 倉木はおれの様子を窺いながらも答えがわかっているようだった。

 おれにこの話を持ちかけたのは2日前、おれが教室を血相変えて飛び出したことに起因するのだろう。家族に何か異変があったのは言わずして理解出来る。

 倉木渚。お前がおれのことをどう思ってもらっても構わない。おれはおれのしたいこと、すべきことをするまでだ。

 おれを見つめていた目を力強く見つめ返す。

「もちろんだ。ぶっ殺してやる」

 倉木は薄く微笑み右手を出してきた。

「協力関係だね」

「ああ、なんでもしよう」

 二人はそう言ってかたい握手をした。







 ◇◇◇

 シヴァ対策課特殊部隊香川支部。

 ここに新しく配属されることになったおれ八重村栄次は少しばかり気が参っていた。

 この間まで陸軍で功績を挙げてついに軍曹とまで呼ばれるようになったというのに一週間前のシヴァ事件から国からの要請が厳しくなり、上に「少しの間だから」と言われ、ここまで来てしまった。

 もう少し粘ってみるのも良かったんじゃないかと今になって思い始めるが、それすらもばかばかしいので、ここにきてからは大人しくして時間を過ごすつもりでいる。

 まだ救いなのが防衛大学からの同期の橘和人がいることだ。おれが香川に行くと決めたら「オレ暇だしいいよ?」とか言って何気について来てくれたのだ。

 やはり和人とは死ぬまでの付き合いだともうそろそろ思い始めてもいる。

 

 支部の受付でメンバーカードを示し、センターへ入っていく。

「よう」

「珍しいな、おれより早いなんて」

 もちろん和人だ。香川支部の仲間にこれだけ砕けて話すのは幸か不幸かコイツだけだ。

「しつれいだなぁ。篠田さんに言われてシヴァの動きに法則性がないかデータ収集してるんだよ」

「なるほどぉ、お疲れさん」さっき買った缶コーヒーをやる。

「なんでオレだけこき使われるんだよぉ」

「良くも悪くも目ぇかけられたんじゃん」

「他人事だなぁ、目つけられる友に同情しろよぉぉぉ(泣)」

「そんなことより、上田さんは?管理室か?」

「ああ、さっき入ってったよ」

 和人に礼を告げ管理室に向かう。なんか「そんなことってなんだよぉぉーー」とか言ってるが気にしない気にしない。




「支部長、失礼いたします」ノックしてそう告げる。

「ああ、いいぞぉ」

 管理室に入り早速本題に入る。

「これが朗報なのか訃報なのかわかりませんが、伝えときます。先日、二人の高校生がシヴァ対策課特殊部隊への入隊を望んでいると報告がありました。」支部長も分かっているだろうが間違いなく訃報だろう。おれら特殊部隊に半端な人材はただの屍にしかならない。

それでも尚、人材不足の特殊部隊では国も国民も心配らしい。確かに人材不足ではあるが、おれたちのように自衛官でもやっていれば話は別だが高校生とは。

 これは世間話になるが自衛官をシヴァ対策課に総動員でもした日が最後、他国に攻められてしまうというわけだ。可能性が0ではない以上迂闊に自衛を緩めるわけにもいかない。

「ありがとう。わかった。下がっていいよ」




「なんだったんだ?」

「また新しいのがウチにまわされたんだ」

「あーーね、また断りゃいいじゃんか」

 確かに、こういったのは今回で二度目だ。前回はウチに人材が足りているといい、その子は青森支部へ行ったらしいが今回はそうもいかなさそうだ。ウチが忙しいのは本部も知っているからなぁ。

「そうもいかないだろ、お前のせいで」

 そう、コイツのせいで。コイツ自分の観察レポートめんどくさいから本部に人員要請しやがったからな。それで目をつけられるのも無理はない話だ。

「あっはは、だってぇー、きつかったもん」

 反省してねぇなコイツ。

 はぁ、早く戻りてぇなぁ。





◇◇◇

 待ちに待ったこの日、ここから私、倉木渚の活躍が始まる。

 実は私は実力を発揮していない。とはいえ学校の中だけの話だけれど。

 勉強はまぁ少し出来る。偏差値60は手堅く取れるんじゃないだろうか、もちろん受験で手を抜いたわけではなく、高校に入ってから勉強はできるようになった。運動は手を抜いている。なんなら大体のスポーツなら1ヶ月練習すれば県大会くらい行ける自信がある。

 「なぜ特殊部隊に希望するか?」みんな気になるよね、やっぱり。

 私の家は名古屋の端にあったの。お母さんは家にいなかったし誰も怪我すらしたないけれど、家がね、全壊だったの。せっかくお父さんが出世して、やっとマンション出て引っ越した矢先これよ、私はシヴァを許せなかった。私自身あの家はデザインから家具まで好きだったのに、家のお金は無くなっていくしもう綺麗なおうちで過ごはないかもしれない。だから、私がキチンと世界の為に働いていいお家に住むの。こんなこと山ちゃんに言ったら鼻で笑われるし、怒ると思う、でも私はそれが本音だから、そうしたい。

 それに、山ちゃんをあえて誘ったのは勘のいい人なら分かるんじゃないかな。少し、いや、結構惚れてる。山ちゃんは責任感強めだからコジロウ君とお母さんについては重く受け止めていると思う、だからこそ心配だったし何かあれば助けたいの。

 まぁ、いろんな理由があったけどここが私のリスタート地点だから、本気を出す。





 やや熱い風が吹いているせいか、緊張や期待感からなのかおれはうすら汗をかいていた。はや20年近く地球温暖化問題が議題に挙げられているが特に解決策もないまま毎年暑い夏を過ごしている気がする。

 今日から特殊部隊香川支部へ赴くわけだが、おれは未だどの仕事をしようか悩んでいる。司令塔やデータ収集、攻撃隊と主なものはこの3つだが、もちろんおれは攻撃隊になるつもりだ。ただ、戦闘慣れしていないし戦闘員だけでも、罠を作ったり、空爆だったり、戦車だったりで色々ある。あとはスナイパーと立体起動戦闘員だが、この二つは結構なベテランでないとまず死ぬらしい。

 おれ自身、運動は体力とバランス感覚が良いだけで筋力やスピードは期待出来ない。

 まぁ百聞は一見にしかず、入ってから考えるのも悪くない。




 倉木と合流したおれは香川支部へ連絡し、駅前で待ち合わせすることになった。

 顔を見せた男は八重村栄次と名乗り、「支部まで送るから挨拶でも考えとけ」とだけ言われた。思ったより柔らかな印象だが腕を見れば歴戦の漢だとすぐになるわかった。

 そのままのんびり車に乗って20分くらいしたら停車したので降りた。





 八重村さんに連れて行かれ、おれらは訓練室で集合を開かれた。

 そこには暑苦しい漢が一人、スタイルのいい白衣姿の女性が一人、ダルそうな茶髪の白衣が一人、気の弱そうな男が一人、そして八重村さんにおれたち二人。




「愛知から来ました。山本篤です。シヴァはおれに任せてください。」




 気づけば自信満々にそう言っていた。

 


 
















 




 

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