【過去編】永遠の夏⑥

Side 山口陽佳


俺、山口陽佳(ひよし)は、体育教師をしている。


体育教師として当然だが、球技全般、陸上、水泳、「運動」と名のつくものは全てお手のものだ。


ただひとつの「運動」を覗いては。


それは、ダンスだ。


ダンスは、運動神経や体力、筋力以外にセンスが求められる。


俺はダンスだけは苦手だった。


ダンスが必修科目になってからは、もう最悪だ。


なんとか生徒達に見せられるレベルになるまで、

寝る間も惜しんで練習に練習を重ねていた。


おかげで今日も寝不足だ。


おまけに1時間目からダンスの授業とは、なんて日だ!


そんな心の叫びを胸に内に留めながら、今日も教師スマイルで授業を進めた。


まぁそもそも、こいつら生徒もダンスなんて初心者なんだから、結局のところ、どんぐりの背くらべだ。


初心者が初心者に教えるというこの構図、なんとかならないもんかね。


そんなことを考えていると、たどたどしく動く生徒達に混じって一際キレのあるダンスをしている子がいた。


誰だ?


あんな生徒いたか?


高校生にしては小柄で、男子にしては色が白い。


おまけに女子のような顔をしている。


それでいて、ダンスのキレには目を見張るものがあった。


動く度なびく黒髪


すうっと滴る汗


大きな目


細い手足


どこか憂いを帯びた表情


体育館の窓から入り込む朝日が彼をキラキラと照らす。


そんな彼から、


俺は目を離すことが出来なかった。



それが、俺と空の初めての出会いだった。


授業が終わり、俺は彼を引き留めた。


「お前、ダンスうまいな」


俺が彼に言った。


彼は少し驚いたような顔をしていたが、すぐに「ありがとうございます」といった。


「ダンス、誰かに教わったのか?」


「はい、ストリート仲間に」


ストリート仲間???


なんだそりゃ。


こいつ、アメリカ育ちか?


疑問は湧いたが、俺はあまり突っ込まずとりあえず返事をした。


「へぇー、そうか。あまりにうまいんで感心したぜ」


「そ、そうですか…」


彼は照れたように頬を少し赤らめる。


可愛いな、恥ずかしがり屋なのだろうか。


「体育の授業であまり見かけなかったけど、休んでたのか?悪いが、名前教えてくれるか?」


「はい、結城空です。」


空か。なんかこの子にピッタリな名前だなと思った。


「結城ー、次の授業始まるよ!」


「あ、今行くー。じゃあ先生、僕行きます。」


「おう、ありがとう」


結城は小走りで友人達のところへ行った。



あとで調べてみると、結城の家庭事情は随分複雑なようだった。


母親は離婚、父とは絶縁状態。


学費は親戚が賄っており、本人は独り暮らし。


それに最近は学校を休みがち。


だから俺の授業でも見かけなかったのか。


それに、あの憂いを帯びた表情。


俺は、結城の事が気になった。


何か悩んでいるのなら、力になりたいと思った。


でも、この時の俺はまだ知らなかった。


彼の抱える深い闇を。

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