夕闇の中で



「どうしてこんな事になってしまったんだろう…」



日も落ち暗いお世辞にも広いとは言えない庭に、一人の女声が立ちすくんでいた。


裸足で立っているために、少し湿った芝生から生暖かい様な、ひんやりとした様な感覚が伝わってくる。



ふと、道路を挟んだ向かいにある一軒の家に目が留まる。


居間であろう部屋の大きなガラスの入った引き戸の向こうには、夫婦が対面に座り、妻の横にはまだ3歳児くらいの子供が見えた。


道を挟んだ程度の距離もあるので話し声は聞こえないものの、楽しそうに笑う3人の笑顔が、きっと楽しい話をしてるのだろうとなんとなく思った。



「少し前までは、うちだって…」


幸せそうな向かいの家庭を見ながら、女性は自分のことを顧みる。


職場結婚だったものの、まだ夫も自分もまだバリバリに働けていて、それなりのキャリアも積んできた。


仕事が忙しすぎて家庭が疎かになっていたのでは?、と聞かれたら確かに否定は出来ない。


それでも、自分なりにはやれる範囲はやっていたつもりだし、専業主婦をしている友人の家より片付いているという自負すらある。


ただ、友人の家には子供がいて、部屋が片付いてないのはそれも一因だったのだろうとは思う。


もし自分達夫婦の間に子供を授かっていたのなら、こんな事にはなっていなかったのだろうか。


今になっては知りようもないことなのだが…。



「いまさら、ね…」


小さく左右に首を振って無駄な思慮を飛ばすと、再び道路を挟んだ向かいの家に目を向ける。


大きなガラスの入った引き戸の向こうの明かりが庭にも届いて、夏の陽を浴びて育った芝生が美しく碧く光ってる様にも見えた。


「青くて素敵な芝生…うちの芝生とは大違いね…」


そう言って女性が視線を下げると、そこには夫であったものがうつ伏せ状態で倒れており、周囲の芝生は女性の手に持った包丁から滴る雫と、夫だったものからの流れ出すもので赤く染まっていた。








「─────という逸話から生まれたのが【隣の芝生は青い】という慣用句です。以上、私の自由研究『慣用句の語源を考えてみる』でした」



「そんな重たい話じゃないですから、おいぃぃぃぃっ!!」




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