第12話 備忘録

2018年7月


 私は母の備忘録を一度閉じた。

続きはまだあったが、少し疲れてしまった。

気付けばすっかり辺りが夕焼けに染まっていた、逢魔が時だ。

私は部屋の前の物干し台に出た。

物干し台と言っても、4帖はあるから古い家は素敵だ。

眼下に広がるジオラマのような町並。母が見ていた風景だ。

赤く染まって、何処か切ない風景だった。


 母のノートは備忘録としては、細かく心情まで書かれている。

これは備忘録ではなく母の創作の物語なのか?もしくは絶対に忘れたくない思い出だったのか?

真偽の程は不明だ。でも、何故だろう私には真実を語っているように思えた。

明日は久しぶりに天神さんへ行ってみよう。


部屋に戻って、下に降りようかと扉を開けた時、おばあちゃんが

「晴陽ちゃん、御夕飯ができたよ。降りてきんちゃい。」

台所から肉じゃがだろうか、良い匂いが漂ってきた。

「は~い、今行く。」


 テーブルには、肉じゃが、蛸の酢の物、カタクチイワシのお刺身などの和食が並んでいた。広島の人はカタクチイワシを小イワシと言う、私の大好物だ。

尾道の商店街には、行商のおばちゃん達がいる。

おばちゃん達の旦那さんが朝釣ってきた魚を手押し車で売っているのだ。

だから尾道の魚は鮮度が良く、安くて美味しい。

私は小さい頃から小イワシのお刺身が大好きだった。

おばあちゃんがスプーン使って、器用に身を骨からはがしていくのを見ていたものだ。


「いただきます!

私の大好きな小イワシのお刺身だ。」

「晴陽ちゃん小さい頃から、好きじゃったけい。晴陽ちゃんくる前に下でこうてきたんよ。」

「ありがとう、おばあちゃん。」

「沢山食んちゃいね。」

「そういやぁ、2階のクーラーはちゃんと効いとる?もう何年も使っとらんかったけい。」

「うん、大丈夫。

おばあちゃん。ねえ、お母さんってよく天神さん行ってたの?」

「小さい頃はもちろん、大きゅうなっても、よう天神さんへ行っとたよ。

天神さんで勉強や読書までしとった。」

「そっか、お母さんからそんな話聞いたことなかったから。」

「ほうじゃけど、高校2年の夏の終わり位からじゃったかね。なんでか分からんけど、1年位かねぇ、まったく天神さんへ行かんかった時期があるんよ。」

やっぱり、備忘録は本物だ。あの事件が起ったのは、夏祭りの後だっだ。


夕食の片付けを手伝い、入浴後、部屋に戻って続きを読もうとしたのだが、体が疲れて泥のように眠ってしまった。





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