一夏の思い出

panda de pon

第1話 夏休み

 私は中高一貫校の女子校へ通っていた。

最初は順調な学生生活だった。

それが高校2年の春、きっかけは些細な事。

いじめに合っている転校生を少しかばってしまった。

あっという間にターゲットが私に変わり、気付けば退学に追い込まれた。


そんな私を両親は咎めることはしなかったが、代わりに次の学校を見つけてきた。

しかし、その頃にはすっかり引きこもりなって、登校できないでいた。


 夏休みが迫る頃、祖母が

晴陽はるひちゃん、夏休みに尾道遊びにこんね?今年の夏は、おじいちゃんが亡くなって初めて独りで迎える夏じゃけい。晴陽ちゃんが来てくれると心強いわ。」と連絡をくれた。

私は家に居ても両親の浮かない顔を見るだけなので、二つ返事で母の実家がある尾道を訪ねることにした。



2018年7月 

 のぞみで福山駅、福山駅から在来線で尾道駅へと降り立った。

駅舎は古く、平屋建てでレトロ感満載だった。

しかし、その古さは私を不安にさせた。


駅前のバス停からバスに乗った。

バスは線路と平行に走る道路を走って、いくつめかのバス停で降りる。

そこから歩いて10分で祖母の家にたどり着く。


 尾道は坂と階段と猫の町と言うが、とにかく坂と階段が多い。私は階段をなめていた。「荷物を宅急便で送ったら?」と言う母に。

強がって「大丈夫だよ。」と言った事をひどく後悔した。

祖母の家に着く頃には、シャツが濃い色に変わっていた。


 数年ぶりに会った祖母は、私の記憶の中の祖母より年を重ねていて少し切なくなった。

門をくぐって庭に足を踏み入れると、年期の入った蔵と蝉の声。蝉は耳を塞ぎたくなるほど五月蠅かった。ふと見ると、あちこちの木に蝉の抜け殻がくっついてた。

この音量にも納得ができた。

祖母は「よう来たね」と笑ってタライに井戸水をはってくれた。

足をつけると、暑さと疲れが一掃され、涼やかな気持ちになった。


 「まずは、お仏壇にご挨拶してきんさい。」祖母に促され、お仏壇の前に座った。

田舎の家らしく、先祖の写真が何枚か飾られていた。

一番新しい写真が、昨年無くなった祖父のものだ。

祖父との思い出は、余り多くない。

昨年亡くなった時も定期試験中だったので、母だけが葬儀に参列した。

だからだろうか、祖父が亡くなった事が何処か実感がないままだ。


おばあちゃんが「お茶にするかね?」と声をかけてくれた。

リビングというより、茶の間って感じの部屋のテーブルには、よく冷えた麦茶と水羊羹が用意されていた。

茶の間には古い掛け時計が掛けられており、定期的にネジを巻く。

「ボーンボーン」と時間を奏でている。子供の頃このネジを巻きたくて、祖父に駄々をこねたたものだ。

 冷えた羊羹はねっとりとした甘さを口に残したが、冷たい麦茶がさっぱりとしてくれて疲れが吹き飛んだ。

おばあちゃんは、あえて学校の話題を避けてくれたのだろう。

おじいちゃんの思い出や母の子供の頃の話をしてくれた。おかげで楽しくお喋りできた。



 部屋は母が、結婚前に使っていた2階の部屋が準備されていた。

母の部屋は、26年前で時を止めていた。

大学進学の為、京都に出た母はそのまま父と結婚し、この家には戻らなかった。

本棚には色あせた本。表紙に昭和のアイドルだろうか、見たことの無い雑誌。

学生鞄、ファンシーな置物。

ちょっとしたタイムトラベルみたいで楽しくなった。

 夕飯までに、少し時間があるから私は勉強しようかと机についた。

高校へは行きたくないが、大学には行きたいのだ。矛盾してるけど。


 母の勉強机の上の引き出しが、無性に気になった。

引き出しを開けると1冊の古い大学ノート。

開いてみると、母の文字を幾分幼くしたような字体で、文章が綴られていた。


「私がもし、また忘れた時のために」と書き出されていた。








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