第20話 死後の世界
死んだ。
死んだ。
死んだ。
一面空白の世界。
なんということはない。神々と
ただいつもと違うのはその空白の世界でユージンを出迎えてくれる人がいないということ。
不思議なことにまだ自我がはっきりと残っている。
どうやらユージンの死に際に唱えた「アンドゥ」は間に合わなかったらしい。
当然といえば当然か。
「アンドゥ」も魔法だ。
魔法は魔法陣を生成し、
スマートワンドには予め魔法の準備はさせていたが、肝心の発動コマンドを発声できなかった。
どんな反則級の力を持っていてもその力を発揮できねば意味はない。
(ああ、俺はこんなところで終わるんだな)
ユージンは空白の世界の中でぼんやりと考える。
周囲の刺激が全くない。
埃1つ無い無の空間。
あるのは自分の意識ひとつ。
数を数えてみたが、9桁を超えたあたりで数えるのが面倒になった。
数える数字が9桁を超えたということは少なく見積もっても数年は経過したことなる。
だが、目の前に広がる空白は何一つ変わることがない。
脳は無駄な仕事が嫌いな器官だ。
与えられた刺激を処理し、常に演算を続けるように見えて、その実、すでに演算を終えた、あるいは演算結果が予測できる事象に対してはほとんど反応を示さない。
いくらユージンが必死に思考を巡らせようとも、何一つ刺激の無い世界の中でユージンの脳が正常に機能し続けることは難しい。
無という刺激に慣れた脳は、ユージンが少しでも気を抜けば、このなにもない空間と同化しようとする。
―――もっとも、正確にはここにあるのは意識だけで、ユージンの脳などとっくに存在しないのだが…。
自分が無と同化する。
それが死の正体だ、とユージンは悟る。
意識を保つ限りはこの空白の世界に存在できるが、ユージンが意識を保つことを諦めた時、ユージンは空白の世界に飲み込まれる。
意識を保ち続けることに希望はない。
意識を保ったところで空白の世界と睨めっこをする時間がいたずらに延びるだけなのだから。
(―――ならば諦めるか?)
(意識を放棄し、自分という存在を放棄するか?)
ユージンは心の中で首を横に振る。
否―――。
自分が消滅することへの恐怖から思考を続け、意識を保っている訳では無い。
自分の存在の消滅に恐怖する段階はもうとうの昔に終わっている。
いくらユージンが神々に呼びかけても、神々はユージンに反応することはない。
神々がすでにユージンを監視するのをやめたのか、あるいは息を潜めて、笑うのを堪えてこっそりユージンのこの様子を見ているのか…。
ひょっとするとこの空白の空間にユージンを閉じ込めたことを忘れている可能性もある。
そう思うと途端に怖くなるが、恐怖も自我を保つための良い刺激だ。
ユージンはただただひたすらに待っていた。
この空白の世界の終わりが来ることを。
死ねば世界が終わると思っていた。
しかし、実際には意識は復活し、この空白の世界に閉じ込められた。
うまく言えないがユージンはそのことに違和感を覚えていた。
まるで神々はユージンが自ら自我を放棄するのを待っているかのようではないか、と。
ひょっとすると神々ですらユージンという意識―――あるいは自我と表現するのが適切だろうか―――には干渉できないのではないだろうか?
なんらかの理由でユージンという自我が消え去るのを待っている。
仮にそうだとするならば、思い当たるのは魔神ウロスとの契約だ。
「アンドゥ」を使用する度に魂の3分の1を魔神ウロスに明け渡すという契約。
改めて考えると不思議なことを言っている。
まるで魂というものが分割できるかのような言い草ではないか。
いや、分割できる物質というよりも、むしろ100%ユージンで占める容器から33%分のユージンをかき出して、空いた33%分を魔神ウロスが入ってくるような言い方だ。
奇妙な例えだが、ユージンという自我が液体で、魂がその液体を保存する容れ物のようなイメージだろうか。
仮説に仮説を重ねればそれはほとんど妄想だが、ユージンという自我が入っている容器である魂を神々はなんらかの理由で再利用したいと考えているのではないだろうか。
しかし、中身は要らない。
それ故、長時間放置してユージンという中身が消滅するのを待っている。
これは単なる妄想だ。
だが、なにもできない今、この妄想を信じて自我を保つ以外にユージンにできることはない。
“マジかぁ~、おっどろいたねぇ☆概ね正解だよ”
その時、不意に頭の中に声が響いた。
久しぶりの刺激に驚いた自我が激しく震え、うっかり爆散しそうになるのをユージンは必死に抑え込む。
(ついにきた!)
その声には聞き覚えがあった。
もう遠い昔の記憶になるので、誰かまではわからない。
“すっごいね、君☆マジで世界の始まりから今までヌース、
(ぬー…す?)
興奮気味の1柱の言葉は今のユージンには刺激が強すぎる。
“あーあー、いい、いい。君には関係ないことじゃぁよっ☆…したら、とりま、いっとく?”
(?)
パチン
と、どこか頭上の方で指が鳴る音が聞こえた。
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