第16話 生存者


― アマイア暦1330年 桜の月4月6日 午後 ―

  <ルムス大平原南 魔神教アジト ホール>


「オルロ!こら、目を開けんか!」


「………?」


ヴァルナがオルロを腕の中で揺さぶり、声をかけるとオルロはゆっくりと目を開いた。


胸から背中にかけて魔剣で貫かれていたが、どうやらルッカの回復魔法による応急処置が間に合ったようで死はまぬがれたようだ。


オルロは徐々に意識がはっきりしてきたのか、首を回して状況を確認する。


「おい、そっちはどうじゃ?」


ヴァルナが声をかけると獅子ししの獣人、ベステルが頷く。


「どうやら無事のようだ」


ベステルが倒れていたグラシアナを担ぎ上げ、そっと壁にもたれさせる。


その後、ベステルは慣れた手付きでルシアの槍斧ハルバードに貫かれた脇腹はハイポーションで浸した包帯を巻いて止血する。


「…アンタは?」


目を覚ましたグラシアナは乾いた声で黙々と手当をするベステルに声をかける。


「…ベステル。ヴァルナの同行者だ」


寡黙かもくなベステルは短く自分の正体を明かす。


「そう…。…不覚。あの女、あんな技を隠し持っていたなんて…」


グラシアナはベステルの手当を受けながら悔しそうに歯を食いしばる。




その時、


「ルッカぁ~~~、シュネルぅぅぅうううう…うううううう…」


ユージンの涙声が静かなホールに響き渡った。


「…」


「…」


正しくその状況を理解しているヴァルナとベステルはうつむき、黙って口を横に結ぶ。


「?」


「…なに?どういうこと?」


先に倒れたオルロとグラシアナはユージンのただならぬ声色に不安を覚える。


そして…


「「!!」」


地面に座り込んだユージンの顔の先に広がる血の海とそこに伏した頭の無い少女の死体を目にして息を飲む。


そして遅れて彼のすぐ側にある白と黄緑色の混じった気味の悪い脂肪のような液体の塊にも気づく。


「どういう…こと?」


やっとそれだけがグラシアナの唇から漏れる。


「なんで…どうして………まさか、それ・・、ルッカ………なの?」


グラシアナが震える指で頭のない少女の死体を指さした。


「…」


誰もグラシアナの問いに応える者はいない。


それに応えてしまえばルッカの死を確定させてしまうような気がして誰もその役割を引き受けたがらなかった。


「なんでよ…ヴァルナ」


「…」


グラシアナは険しい顔をしてルッカの死体を見つめるヴァルナに声をかける。


「なんで貴女がいながらこんなことに…」


「…すまぬ。わしが到着した時にはもう…」


ヴァルナは首を横に振り、低い声でつぶやく。


「貴女がもっと早く来ていれば!こんな状況にならなかったんじゃないの!?」


グラシアナはヒステリックにヴァルナを責める。


だが、グラシアナもそれがただの八つ当たりだとわかっていた。


自分が近くにいたにも関わらず、ルッカを守りきれなかった。


弱かった自分への怒り。


自分が無力故にシャーラを失い、そして今度はルッカまでも失った。


そのやりようのない怒りをヴァルナにぶつけていた。


「…すまぬ」


ヴァルナはうつむいて謝罪を繰り返す。


ヴァルナお前のせいじゃない」


ヴァルナの腕の中でオルロが静かに呟く。そしてグラシアナの方に首を向けた。


俺たち・・・のせいだ」


「~~~!わかってるわよっ!!でも…」


グラシアナは叫ぶ。


「…………」


その時、ユージンの足元に再び紫色の魔法陣が展開される。


「『アンど…むぐッ!?」


時を巻き戻す魔法「アンドゥ」を口にしようとした瞬間、ユージンの口にぽふっ、と柔らかいなにかがぶつかった。


「!?!?!?」


ユージンの口にぶつかったそれはトン、と地面に転がる。


それは3~4cmほどのひよこの形をしたぬいぐるみだった。


「…これはルッカの?」


ユージンは小さなひよこのぬいぐるみを拾い上げる。


するとそれは…


「ひゃぁん!…ちょ、ちょっとくすぐったい」


「うわっ!?」


ユージンの手の中で不意にぬいぐるみが動き、ユージンは驚きの声をあげる。


思わず緩んだ手の中からひよこのぬいぐるみがい出す。


「ユージン、なんかよくわからないけど、それ・・使っちゃダメな気がする」


ひよこはユージンの方に顔を向けて「アンドゥ」を使うな、と忠告する。


その声は紛れもなく…


「る、ルッカ!?」


「ぬ?」「え?」「ん?」「?」


ユージンの声に一同が視線を集める。


そう、ひよこから間違いなくルッカの声がしたのだ。


「い、一体どうなってんの?」


「ん?…ん~とね、やられる前にシエラと交代して『憑依ポゼッション』で咄嗟に手元にあったひよこさんに移ったんだけど…」


ルッカが憑依ひょういしているらしきひよこは自分の死体を見て、「うー…」と声を挙げる。


「…ちょっと元の身体には戻れそうにないね」


と、ひよこは少し悲しそうにつぶやいた。





「…ふむ。状況はわかった」


ユージンから全ての経緯を聴いた後、ヴァルナが真っ先に口を開く。


「つまり、ここはお主にとっては二度目の世界か…」


「ああ」


ユージンは頷く。


「しかも、前の世界ではヴァルナには会えなかった。そして、ヴァルナ以外は全員死んだ」


「その事実をなかったことにする『アンドゥ』…とんでもない力ね。でも良いの?アタシの前でそんな話をして。―――アタシはアンタ達とは敵なのよ?」


グラシアナがユージンに尋ねる。


「…正直、グラシアナの前で話して正解なのかはわからない。…けど、さっきの奴らの話が本当なら、外は戦争状態だ。ここも安全とは言えない。なら、皆と情報共有できるタイミングは今、ここ以外にはもうないかもしれない」


ユージンは自分の前髪を摘み、顔をしかめる。


「それに、この容姿のことやこれまでの経緯を『アンドゥ』の話抜きで辻褄つじつまの合うように嘘を考える時間もない。ヴァルナたちに情報共有できない方がデメリットは大きいと考えたんだ」


そう言いつつも、ユージンは「アンドゥ」の対価として魔神に魂の3分の1を捧げるという対価については共有していなかった。


そこまで伝えてしまえば、グラシアナが仲間たちを殺したり、ユージンを拉致して強制的に「アンドゥ」を使わせる状況を作り出すとも限らないからだ。


「…ということは、少なくとも今、『アンドゥ』を使うつもりはない、と考えていいかしら?」


グラシアナはユージンに尋ねる。


「そうだね。ルッカもこんな姿にはなってしまったけど、生きていることがわかったし、全員が生存してあの状況を抜け出せたなら『アンドゥ』は使うべきじゃないだろうね」


ヴァルナは頷く。


「それが良いじゃろう。アレはことわりを外れた力じゃ。なにか良くない感じがする」


野生の勘か、はたまた女の勘か、流石にヴァルナは鋭い。


「それにね、は前の世界でもグラシアナに助けられた。そして、今回も。オハイ湖にあった魔神教のアジトでもそうだ。俺はお前が敵だとは思えない」


「…」


ユージンは先程から黙っているひよこに遠慮がちに目を向ける。


「…言いたいことは色々あるだろうけどさ、今は…」


「もし私がこの身体で、今、こんな状況じゃなかったら…すぐにでも飛びかかっていたと思う。…ただ、ねえさん」


ひよこはユージンの言葉に被せるように言葉を発し、グラシアナを見上げた。


「…」


グラシアナがひよこの方へ黙って顔を向けた。


「私は姐さんを許さない」


「…ええ。アンタにはアタシを裁く権利があるわ。…ただごめんなさい。一つだけどうしてもやり残したことがあるの。それが終わったらアンタの好きにしていいわ」


「それを決めるのは私。姐さんには選択肢なんて持たせない」


「…そう、よね」


グラシアナはうつむく。


その時、外の様子を見てきたベステルがホールに姿を表す。


「どうじゃ?」


ベステルは首を横に振った。


「…正面から外に出るのは危険だな。すでに外は機械人形オートマタ合成生物キメラオーガ、ソシアが入り乱れて戦っている。戦闘によって地形が変わっているぞ」


「―――だ、そうじゃ、リーダー。さっきから黙っておるが、お主の意見も聞かせよ」


ヴァルナが床に横たわったままのオルロに顔を向ける。それに合わせて皆の視線がオルロに集まる。


「…ここはソシアの巣がベースになっているんだよな?」


横になったままのオルロが口を開く。


「あ!」


「そうか」


オルロの言葉に勘の良いひよことユージンが意図を理解し、頷く。


そういえば、以前にも「角つき」がいたソシアの巣を攻略したことがあった。


「んん?」


「なに?どういうこと?」


いつも正面突破しか考えないヴァルナと冒険者の知識の無いシュネルが首を傾げる。


「…ソシアの隠し通路か」


ベステルがヴァルナとシュネルにも伝わるように言葉にする。


「そうだ。グラシアナ、このアジトにも隠し通路は残ってるんじゃないか?」


「アタシもここのアジトはほとんど来たことがないからわからないけど、可能性はあるわね。こんなアリの巣みたいな作りのアジトで、ホールしか入り口がない方が不自然だわ」


グラシアナは口に手を当てて、考えながら頷く。


「普通に考えたらある筈よ。入り口が一箇所しかなかったら入り口を潰されたら全滅するし、毒ガスや火攻めのリスクもある。ソシアは絶対隠し通路を作っているはずだし、それを利用している場所があるはずよ」


「そもそも、地下に空気もちゃんとあったし、少なくとも通気孔つうきこうはある筈だよ」


グラシアナの言葉にユージンも頷いた。


「問題はそれがどこにあるか…だけど。―――多分A6かその付近に1つある筈」


グラシアナが口に手を当てたまま考えを述べる。


「なぜそう思う?」


「A6は機械人形オートマタの生産工場なの。だから生産した機械人形オートマタを運び出す場所があると考えた方が自然じゃない?」


ヴァルナの問いにグラシアナは応える。


「なるほど…それはそうだね。ちなみにグラシアナは隠し通路に当たりはついてる?」


ユージンの質問にグラシアナは首を横に振った。


「ごめんなさい、警備は任されていたけど隠し通路に関しては一切知らされていないわ」


「―――それ、本当?」


ひよこがじっとグラシアナを見つめて呟く。


「A6に私達を誘導してなにか企んでいたりしない?あるいは時間稼ぎ、とか」


「!! 違うわ。そんなことしない」


「どうだろう。だってねえさんは私達をずっとだましていたんだよ?」


「~~~~!!」


言葉に詰まるグラシアナを淡々とひよこは追い込んでいく。


「ねえ、そもそもなんだけどさ」


そこに今まで黙っていたシュネルが口を開く。


「入り口から近いここは危ないとしても、戦争が終わるまでこっそり地下に潜って隠れてちゃダメなの?アジトにするくらいだからある程度食料もあるはずだし、わざわざ外に出る必要あるのかな?」


「いや…」とユージンが口を開きかけた時、


「ダメじゃ」「ダメだ」


とヴァルナとオルロが同時に口を開く。


「なんで?」


シュネルが首を傾げるとヴァルナは「ううむ」と考え込み、


「勘?」


とヴァルナは首を傾げながら応える。


「はぁ…勘?」


呆れるシュネルに横になったままのオルロがフォローを入れる。


「ディミトリ派とイレーネ派、魔神教の幹部派閥の戦争、双方がそれを仕掛けるメリットはなんだ?」


「邪魔なライバルが潰れること?」


「それだけのために本当にこんな大掛かりな戦争をするのか?そもそも魔神教の教皇はなにをやってる?なぜ身内同士の争いを止めない?」


「わからないけど…教皇が幹部をコントロールできていない?」


「その可能性もあるな。けど、この戦争自体が魔神教にメリットがあるとしたら?」


「………?」


オルロの言葉にシュネルは首を傾げる。


「魔神教の目的はなんだ?」


「…魔神ウロス様の復活…………あ…」


シュネルが声をあげる。それに対し、オルロは頷いた。


(そう。恐らくそれがこの戦争が教皇に止められない理由―――)


ユージンはオルロの推論に概ね同意する。


しかし…


「俺もオルロやヴァルナと同じ意見だ。けど、気になることがある」


「「「「「?」」」」」


一同がユージンに顔を向ける。


「俺たちがどうしてこの場所に集められたか、だ」


集められた・・・・・じゃと?」


ヴァルナが首を傾げる。


ユージンは頷き、自分たちがここに集まったことは偶然ではなく、ディミトリの計画なのではないかという考えを説明する。


「…ヴァルナたちはどうやってここにたどり着いたんだ?」


「儂らは…」


ヴァルナはチラリ、とベステルと視線を合わせる。ベステルが頷き、ヴァルナは続ける。


「儂らはここに『角つき』がいると聞いたんじゃ」


「『角つき』って…あの『角つき』?」


ユージンはヴァルナ達と最初に冒険をした際に遭遇したネームドのソシアのことを思い出しながら尋ねる。


「ああ。酒場できな・・臭い匂いのプンプンする男からの」


「やめておけ、と言ったんだがな。案の定トラブルに巻き込まれた」


「結果的に仲間が救えたんじゃから良いじゃろうが。お主にはついてこいとは言っておらぬぞ」


「彼らを救えたのは偶然だろう?大体、あの角を生やした男の攻撃影踏をどうやって防いだ?」


「勘」


「またそれか。『才能ギフト』に頼りすぎるな」


「アレは仕方なかろう。そもそも『才能これ』も儂の実力じゃ」


「~~~~」


ヴァルナとの言い合いに疲れたのか、ベステルははぁ、とため息をつく。


「話を聞くに、どうやらあの男は魔神教の信徒のようだな」


「そういうことになるのう」


「それで、なにが気になっている?」


ベステルがユージンに尋ねる。


「俺たちはディミトリ派に利用され、イレーネ派と衝突する火種に使われた。これまで俺たちが戦ってきた変異種や魔神教徒は皆イレーネ派だ。そうだろ?グラシアナ」


「…」


ユージンの言葉にグラシアナが目を細める。そして少し間を置いて、


「…ええ」


と応えた。


「お前はなにか知ってるのか?」


「いいえ、知らないわ。ディミトリがイレーネと戦争を起こそうとしていたのは知ってる。そして、アタシはアンタ達と別れてからエドヴァルトの暗殺を依頼されたけど、失敗した。イレーネ派と戦争をする、それ以上の彼の狙いは…」


グラシアナは頭の中でルッカの姉、ヘレナのことを思い出しながら表情を変えずに首を横に振る。


「俺たちを再びこの場所に集めたのも恐らくなにか意味があるんだろう。俺たちがこの戦争に介入するのは恐らくディミトリの計画に含まれてる。でも…」


「このまま戦争を放っておいても魔神ウロスの復活が早まる、もしくは復活させてしまう可能性がある」


オルロがユージンの言葉を引き継ぐ。


(そして俺が「アンドゥ」を使っても…)


グラシアナがいるのであえて言葉にはしないが、全ての事情を知っているオルロ、シュネル、ルッカは状況を正しく理解しただろう。


「結局、計画に乗るとわかっていてもディミトリとイレーネを止めるしかない、ってことだよね」


ひよこが頷く。そして、グラシアナをじっと見る。


「私達はそういう結論。で?ねえさんはどうするの?私達と戦う?」


ひよこは挑発的な口調でグラシアナに尋ねる。その様子はこの状況下でも戦う正当な理由を欲しているようにも見えた。


「…立場的には戦うべきなんでしょうけど…。面と向かってみて思ったわ。ルッカ、やっぱりアタシはアンタと戦うのは無理みたい」


だが、グラシアナは首を振る。


「アタシもアンタ達には悪いことをしたと思ってる。…特にルッカには、ね。ディミトリとアンタたちが戦うことには協力できないけど、せめてこのアジトから安全に出る手伝いくらいはさせて」


「…ユージン、提案なんだけど」


ひよこはユージンを見上げる。


「アタシは姐さんを100%信じるべきじゃないと思う。隠し通路は私達がまだ行ってないブロックにある可能性もある。2手に分かれるのはどうかな」


それを聞いたグラシアナが一瞬、寂しそうな目をしたのをユージンは見逃さなかった。


「…」


ユージンは左目に手を当てて熟考する。


確かに敵の幹部でもあるグラシアナの言葉に従って全員でA6についていくのはリスクがある。


それに隠し通路があるとすればどこかのブロックの隔壁の中だろう。侵入者から逃れる際、隔壁で時間を稼ぎ、その間に逃げることができるからだ。


「でも幹部が持ってるカードキーがないとブロック間の出入りはできないだろ?」


「そんなものぶち壊せば問題なかろう」


ヴァルナはあっけからんといつも通り脳筋発言をする。


「下には信者が沢山いるんだぞ?すぐに集まって…………ってそういえば…」


ユージンは各ブロックにつながる通路口に目を向ける。


あれだけの騒ぎを起こしているにも関わらず、未だ信者たちがここに飛び込んでくる様子はない。


それどころか…


「人の気配がしない…?」


さっきから違和感はあった筈なのに、色々なことがありすぎてすっかり忘れていた。


全員、思わず息を飲み、通路口に目をやる。


通路の先は薄暗く、先を見通すことができない。


「なにが…」


ユージンが口を開きかけた時、「その前にいいか?」とオルロが声をあげた。


「なかなか言い出すタイミングがなかったんだが…」


「「「「「?」」」」」


全員がオルロの方を振り向いた。






「実はさ…………起きてから首から下の感覚が全くないんだ」


身体感覚を失ったオルロは申し訳無さそうに告白した。


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