第11話 選択と結果



時は少し前にさかのぼる。


― アマイア暦1330年 桜の月4月6日 午後 ―

 <ルムス大平原南 魔神教アジト Eブロック付近>



「できればルシアとは戦いたくない」




ユージンは3人の前で自分の気持ちをはっきりと伝えた。




魔神教の信者たちにとって上位者は絶対的存在だ。


上位者の命令には絶対に抗うことはできない。


魔神ウロスが復活すれば、魔神教の信者たちを除いて人類は滅ぶという。


しかし、魔神を復活させた暁には信者たちは自分の大切な人を1人生き返らせることができる。


大切な人を生き返らせるためであれば、大概のことはなんでもするという理屈はわかる。


しかし、それはあくまでも「大概のことであれば」である。


魔神教の信者の恐ろしいところは上位者に死ねと命令されれば、喜んで死ぬし、戦えと言われれば四肢がもがれようとも戦うところだ。


殺せと言われれば、たとえ親子の関係であっても最愛の人であっても殺す。


信者たちは上位者の命令が魔神ウロスを復活させることに必要なものだと信じて疑わない。


人を1人生き返らせるために凶行に及ぶ人間もいるだろう。


しかし、それが信者全員となると明らかにおかしい。


やり直し前の世界で、ルシアと戦った際、ユージンは魔神教信者たちがなぜ皆、上位者の操り人形になってしまうのか、その仕組みをようやく理解した。




魔神教の信者たちは魔神教に入信すると真っ先に「教育」のために研修施設に送られる。


ユージンやシュネルがいたウルグニ山北西にあるアジトなどがその研修施設だ。


研修施設で「教育」として、真っ先に上位者から習うのが、魔神ウロスを象徴する紫色の炎に祈りを捧げることだ。


そして、その祈りこそが洗脳の始まりでもある。


紫色の炎には薬物が仕込まれており、祈りを続けていると知らず知らずのうちに薬物を含んだ煙を吸い込み、洗脳が始まる。


正常な思考力を奪われ、一定期間の集団生活を強いられ、狭い世界の中で徐々に信者たちの常識が上書きされていく。


そして「教育」が終わり、元の生活に戻された時には、上位の者の命令に絶対に逆らえなくなるようになる傀儡くぐつが完成する。


それがやり直し前の世界でルシアとの会話から導き出した下位者が上位者に逆らえない現象の答え正解だ。




この気持ちが薬物に由来するものなのかはわからない。自分もひょっとすると洗脳を受けているのかもしれない。


だが、そうかもしれないとわかっていても、短い期間とはいえ、家族のように過ごしたルシアへ刃を向けることに強い心理的抵抗があった。




「もちろん、裏切りがバレれば戦闘は免れないし、向こうは殺す気でかかってくると思う。けど…彼女はなんというか…」


ユージンは言葉の続きを口にすることを迷う。


もちろん、これから皆に彼女と戦わないメリットを提示するつもりだ。そのためのカードも手元にはある。


だが、理論で武装すれば、自分の感情の根っこの部分は見えなくなる。


根っこの部分は「ルシアと戦いたくない」という気持ち。


それを仲間の前でもっともらしい言葉を並べ立てることによって隠してしまうことに抵抗があった。


だから最初に正直な自分の気持ちを口にしたのだ。


しかし、正直な気持ちを口にしてしまったことで、自分の中の迷いが大きくなる。


これは本当に自分の意志なのか、と。


「ユージン…」


シュネルは言葉に詰まるユージンの顔を見て呟く。


「…ちょっと待って」


そこに口を挟んだのはシエラだった。


「私は理想論の続きを聞いたいって言ったんじゃなくて、現実的な打開策を教えてって言ったんだけど?」


彼女は先程から自分の願望ばかりを語るユージンの発言に苛立った様子だ。


「大体、じゃあ生け捕りにするっていうの?アンタの話では実力的に全員でかかってなんとか倒せる相手だって聞いたけど、そんなヤツを生け捕りにできるかしら?そもそもそのルシアってヤツは魔神教の幹部なんでしょ?生かす理由がある?皆死なないでアジトを脱出するだけじゃなく、敵の幹部も見逃す?どうかしてるわ」


ルシアの意見は正論だった。


「…シュネル、お前はどうだ?」


それに対してオルロは賛成も反対も言わず、シュネルに意見を求める。


「僕は…」


合成生物キメラであるシュネルにとって、ルシアは母親同然の存在である。


やり直し前の世界では彼はルシアへ刃を向けた。あの時は他に選択肢がなかった。


だが、やり直し後のこの世界では、オルロとシエラの協力を得た今、ユージンたちは他の選択肢を選ぶことができる。


「できることならユージンの言う通り、僕もルシア様とは戦いたくない。…けど、ルシア様とユージンの命を天秤てんびんにかけるなら僕は迷わずユージンの命を取る」


シュネルははっきりと自分の決意を表明する。


「なるほどな。…俺の意見を言う前にまず皆に聞きたい。お前ら、仮にこのアジトから抜け出せたとして今後、魔神教とはどうするつもりだ?」


「「「…」」」


オルロが一人一人の顔を見ながら今後のことについて尋ねる。


「少なくともシエラは魔神教と戦うつもりだろ?ユージン、お前はどうだ?」


「俺は…………故郷のかたきでもあるし、そもそもこのままアイツ等を放っておくことはできない」


魔神教の内部にいたことで、イレーネ派が魔神ウロスを復活させるために人類を滅ぼそうと計画していることを知った。


どうやら魔神ウロスを復活させる方法は色々あるらしい。


恐らくルッカの故郷を含め、ここ数年、世界中で様々な里が魔神教によって襲われているのも魔神ウロスの復活に関係があるのだろう。


魔法大学の教授のザルトフがギブラで行っていたのは、ユージンと同じく魔神ウロスの封印に関する研究だ。


魔神の祭壇さいだんの封印を強化する研究の中で、その脆弱性を調べていたとしたら―――と考えると、その研究を一緒に行っていたユージンは背筋が寒くなる。


派閥によってそのアプローチは異なれど、彼らを放っておくとろくなことにはならないことは確かだ。


「僕はなにがあってもユージンについていく。それだけだよ」


シュネルは迷うことなど無いとばかりに即答する。


「…わかった。俺も記憶喪失前の自分前の俺が何者であっても魔神教を放っておくわけにはいかないと思ってる。つまり、俺たちは結局、今後、魔神教とぶつかっていくことになるわけだな」


3人はオルロの言葉に頷く。


「ならそのルシアってヤツとの戦闘はいずれ避けられなくなるだろう。ユージン、お前はそれはわかってるんだよな?」


「ああ。わかってる。………わかってるさ」


苦悶の表情を浮かべるユージンを見て、オルロはため息をつく。


「…なら、俺はできる限りユージンの意志を尊重する」


「ちょ…」


シエラがオルロを睨みつける。


「アンタも幹部を見逃そうってわけ?」


「殺さないで解決できる方法があるならそれに越したことはないだろ?」


「私はそうは思わないわ」


「まあまずユージンの作戦を聞いてみようぜ。なあユージン?」


怒り狂うシエラをなだめすかし、オルロはユージンに笑いかける。


「ありがとう」


ユージンは礼を言い、作戦内容を語っていく。


「俺とシュネルは今、機械人形オートマタの生産工場の場所を探し、見つけ次第、破壊するってことになってる。だが、この広さだ。ホールでルシアに遭遇しても『見つからなくて一旦ホールに戻ってきた』って言い訳は通じる」


前回は裏切りが確定するまでルシアは攻撃を仕掛けてこなかった。


ならば、この段階ではシュネルとユージンの2人でルシアに遭遇しても問題はない。


「その場にエドヴァルトが姿を現していなければ、俺が『コード001』を使い、場所を特定する」


「もしエドヴァルトが来てないとか、すでに移動してその場にいなかったら?」


シュネルの問いにユージンは肩をすくめる。


「その時は『敵が潜んでいないか念のために確認を』とか適当に誤魔化すさ」


エドヴァルトの場所を把握したユージンはオルロに合図を出し、それを受けたオルロは『影踏』シャドウ・ステップで攻撃。オルロがエドヴァルトを仕留める。


同時にシュネルとシエラがルシアを襲う。


ルシアは「奇襲回避」のスキルがあるので、察知されるだろうが、2人相手ならば時間は稼げる。


その隙にユージンがルシアの時間を「ストップ」で止め、シュネルが「尻尾」テイルでルシアを拘束。


「あとは無力化したルシアをそのままアジトから連れ去り、洗脳を解く・・・・・


「…ルシアは洗脳されているのか?」


オルロの問いにユージンは頷く。


「その根拠は?」


シエラが腕を組みながらユージンに尋ねる。


「そうでなければイレーネ派にしてはあまりにも彼女は…」


「「まとも過ぎる・・・・・・」」


ユージンの言葉にシュネルの声が重なる。


「そう、あまりにも彼女はまともなんだ」


ユージンはシュネルに頷き、オルロとシエラを交互に見る。


その事実はイレーネ派という派閥をよく知る2人にとっては十分過ぎる程の説得力を持っていた。


「…それが根拠?」


シエラが眉をひそめる。魔神教を外から見てきた彼女にとってはどの派閥も大差ない。魔神教の信者は全て忌むべき故郷のかたきだ。


「いや、根拠はまだある」


「「?」」


シエラとオルロに向かってユージンは続ける。


「俺とシュネルはレベル5。オルロもシエラも多分同じくらいのレベルだよな?」


2人は頷く。


「レベル5っていうとギルドの等級で言えば、A~Sランククラスの冒険者と同等の実力がある。そんな力があったら力を抑えていても目立つだろ?レベル6になればもっとだ。そんなレベルになるまで、注目されないでいることができるか?」


「「…」」


オルロとシエラは顔を見合わせる。


カドマ村をグリフォンの群れから救い、ソシア・イーターを討伐したオルロは今や英雄扱い。


魔神教を狙って闇討ちを繰り返したルッカとシエラは魔神教狩りとして魔神教の信者からは恐れられている。


どちらも目立とうと思っていたわけではないが、いつの間にか噂が広まってしまった。




人は強い力におそれれを抱き、憧れ、魅了される。


そうして魅了された結果、その体験は人づてに噂として広まっていく。


目撃者を全員殺しでもしない限り噂を止めることはできないし、力が大きくなればなるほど行使した力の痕跡を隠し通すことは難しくなる。


「そもそも、魔神教の幹部たちは全員が全員、生粋の魔神教信者出身だろうか?」


ユージンはぽつり、と呟く。


「っていうとつまり、アレか?名のある冒険者を洗脳して幹部に据えている、と、そう言いたいのか?―――しかも、お前の言いようだと、ルシアがそれだと?」


オルロが首をひねりながら言う。


「それはちょっと理屈として厳しいんじゃないか?」


ユージンは首を横に振った。


「いや、そうとも言えないだろ?イレーネは記憶を消去する術を持っている。実際、俺は1回マジで記憶を奪われたし、危うくもう1度記憶を奪われるところだった」


「…」


オルロは黙って腕を組み、眉間にシワを寄せる。


「ルシアが俺のように洗脳されている可能性は十分にある。少し前に大都市ネゴルに滞在したけど、その時、ルシアと似た特徴の冒険者の記録を調べたんだ。そしたら…」


ユージンは言葉を区切り、ゆっくりと間を取って切り出す。


「―――ルシアに似た特徴を持つ冒険者がいたんだよ」


「!」


「彼女は恐らく―――」






ユージンがオルロとシエラに示した情報は特徴が酷似しているというだけで、100%信頼に足るとは言い難かった。


しかし、その情報だけでも彼女が魔神教に洗脳されているという可能性にかける価値は十分にあるとオルロは思った。


もし、彼女を捕縛し、洗脳を解くことに成功すれば、魔神教の中核に触れるような情報を得ることができる。


情報をうまく使えば、世間にも魔神教の存在を公にし、協力を得る足がかりとなるかもしれない。


それは魔神教を殲滅するというシエラの目的にも合致している筈だ、とオルロもユージンと共にシエラの説得に加わった。


最終的にはシエラも同意し、ルシアを捕縛することが作戦に組み込まれた。


「でもどうやって捕まえるの?」


シエラの疑問にユージンはニヤリと笑った。






「もう忘れた?お前にやったことと同じことをするだけさ」






― アマイア暦1330年 桜の月4月6日 午後 ―

   <ルムス大平原南 魔神教アジト ホール>



ユージンの「ストップ」で動きを拘束し、シュネルの「尻尾」テイルで自由を奪う。


初見ならばこの組み合わせを避けるのはほとんど不可能に近い。


だが、ルシアの眼の前でエドヴァルトに使ってしまった今、恐らくルシアには通用しないだろう。


これで彼女を生け捕りにする切り札がなくなった。


ルシアと戦うことは避けられないだろう。


(だが、せめてコイツだけは…!!!)


「ストップ」で時間の停止したエドヴァルトに剣を振り下ろす。


エドヴァルトの肩口に剣が食い込み、心臓部まで沈んでいく。


魔物の心臓である核に当たる。


だがその時…


「!?」


ゴボッ…


オルロの口から赤黒い血が吹き出す。


「…………?」


剣を振るう手が止まり、オルロは恐る恐る自分の胸を見下ろす。






そこには緑色の刀身のナイフが一本、深々と突き刺さっていた。






もらうぜ・・・・。その力」


自らも身体から黒い血を吹き出しながら、エドヴァルトはオルロにニヤリと笑いかけた。


オルロはそのまま膝をつき、地面に崩れ落ちる。






「オルロォォォォォォォオオオオオオオオ!!!!!!!」


オルロは意識の遠くでユージンの叫び声を聴いた。

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