第10話 順応



世界最高の冒険者「半熟卵の英雄」エッグ・ヒーローボイル。


彼は「時渡り」というスキルを用い、止まった時の中を自在に動くことができると言われている。


しかし、本人の話によると「時渡り」は神の与えられたゲームのスキル仕様ではなく、「単純に時の流れよりも素早く動いているだけ」であるという。


ボイルに弟子入りしたオルロは、ボイルとの修行の中で、義足の加速装置ブースターによる爆発的な加速と、気配を薄めるスキルである「ハイド」を組み合わせることで認識不可能な超高速攻撃―――「影踏」シャドウ・ステップみ出した。


人の反応を遥かに超える速度で動けるようになった者だけが体験するという超スローモーションの認知空間―――ボイルはそれを「加速した時」と呼んでいた。


「時渡りの下位互換」と呼ぶのはいささか大仰おおぎょうかもしれないが、確かに「影踏」シャドウ・ステップは「加速した時」を体験するに足る速度を有している。


その「加速した時」の中でオルロは確かに見た。


エドヴァルトがユージンの方を向いて目を細め笑う様を、そして、首をねる直前、身体をねじりながら右手でオルロの剣の起動を変える瞬間を。




「あり得ない…」


オルロは「加速した時」を用いた反動から「時酔い」に苦しみながら、背後にいるエドヴァルトを振り返った。


エドヴァルトも大きなダメージを負ったせいで、荒い息を吐いていた。


彼はつまり、達していた・・・・・ということになる。


「加速した時」で動けるに足る速度に―――


その事実にオルロは戦慄せんりつする。


この男はなんの訓練もせず、「加速した時」に入り込み、初見で「影踏」シャドウ・ステップを不完全ながらも避けた。


「なあ…今のなんだ・・・?めちゃくちゃゆっくりなのに、めちゃくちゃはやかった。どういうことだぁ?」


(やっぱり「加速した時」が見えている…)


オルロはエドヴァルトに剣を向けて構え、警戒の姿勢を取る。すぐに追撃したいところだが「加速した時」を使用した反動で身体が動かない。


「ンン~?弱ってる俺に止めを刺さねぇってことは、連発はできないのか。それに随分疲れてる様に見えるなァ」


エドヴァルトはオルロをジロジロと観察しながら頷く。


「…ッ!」


地面に倒れていたシエラが起き上がり、鋼のナイフを構えて駆ける。


「ルッカ!駄目ッ!」


その様子を見たグラシアナが制止するが、シエラはそれを無視して距離を詰める。


「そこだッ」


対峙していたルシアが一瞬生まれた隙をついてグラシアナの顔に向かって槍斧を突き出す。


「…ッ!!」


ギリギリのところで顔を捻って、その攻撃をかわすが、槍斧は仮面を砕き、仮面の下にあったグラシアナの右の頬をえぐり取る。


フードが破れ、隠れていた顔と右腕が露出した。


なり損ない・・・・・?」


ルシアがグラシアナのボコボコと伸縮を繰り返す赤黒い右半分の顔と異形の右腕を見て呟く。


「ハハッ!!すげぇな、さっすがハクロウ様だぁ。O2-hkガスを浴びて、オーガになり損なっても自我を保つかよ」


エドヴァルトは自分に向かって迫ってくるシエラなど気にも留めず、グラシアナの姿を見て笑った。


シエラはヴァルナの剣に黒いオーラを纏い、叫ぶ。


「『ようま…』」


「…そればっかりだな、お前」


それを見たエドヴァルトはシエラに対し、冷たく吐き捨て、スキルが発動する前に彼女の腹を蹴る。


「!?」


シエラの身体がくの字・・・に曲がり、地面に叩きつけられて転がっていく。


「シエラ!!」


ユージンがそれを見て叫ぶ。


「ハハハハハハッ!お前のお気に入りか?ヨハンくぅぅぅぅうううん。んじゃああとでソイツには俺のお気に入りのナイフでご機嫌な姿にしてやるよォ!!!大丈夫大丈夫。今よりも美人にしてやるから楽しみにしといてなァ!」


『武装』アーム…モード『大砲』キャノン!!!」


その時、シュネルの声が聞こえ、魔法弾がエドヴァルトの側頭部目がけて撃ち込まれる。


「だーかーらーぁ」


4本の指が無くなったエドヴァルトの右手がまるで虫でも振り払うかのように、魔法弾をバチン、と叩いて消失させる。


「効かね~~~って。お前らの攻撃は。なぁ、そこの赤髪君?」


ニヤニヤと笑いながらエドヴァルトはオルロに目を向ける。


「もっかい来いよ。おかわりだ。次は完璧に避けてやるからさ」


「…言ってろ」


オルロは目に怒りを宿し、深く踏み込む。


義足の加速装置ブースターが火を噴き、爆発的な加速が始まる。


その瞬間、オルロは「加速した時」の世界へと足を踏み入れた。




(これこれ、この感覚だァ)


エドヴァルトは「加速した時」の中で微笑む。


全ての色と音が消え失せ、情報が簡素化されていく。


無音で白黒の世界…。


エドヴァルトは自分の視界が広がり、頭の中がクリアになっていくのがわかった。


先程よりもずっと近いところからゆっくりと赤髪の男が歩いて来る。


対してエドヴァルトは先程から身体を動かそうとしているが、ピクリとも動かない。


どうやらこの「加速した時」の中で自在に身体を動かすにはコツがいるようだ。


(ンン~?さっきは俺、どうやって動かしたんだっけなぁ?)


赤髪の男が剣をゆっくりと振りかぶる。


その時、


(お!)


エドヴァルトの身体が少しだけ右に傾く。


時に固定された身体の座標を無理矢理引きちぎるような感覚。


座標を僅かにずらすだけでも強い意志とイメージが必要になる。


しかも、どうやら身体の動きにはかなりのタイムラグがあるようだ。


(こうか!)


エドヴァルトは左手をゆっくりと握り、拳の形を作ると赤髪の振り下ろす剣の側面を殴ろうとする。


が…




ズバンッ!!!




時が急激に元の速さに戻っていき、エドヴァルトの左腕が肩の付け根から吹き飛んだ。


「ヒャハハハッ!ヤベェ!タイミングが全然合ってねぇ!!!」


左肩から黒い血を撒き散らしながらエドヴァルトは笑った。


明らかにオルロが優位に立っている状況だ。


しかし、オルロの顔には動揺が浮かんでいた。


「影踏」シャドウ・ステップを2度も避け、今度は反撃まで繰り出してきやがった…ッ)


エドヴァルトの左腕と右指4本を奪ったにも関わらず、悪寒が止まらない。


「おい、次だ。次をよこせ。もうちょっとでなんか掴めそうなんだよォォォォ」


ボタボタと黒い血で地面を汚しながらエドヴァルトは微笑む。


「…」


オルロはチラリ、と自分の義足に目をやる。


2回連続での「影踏」シャドウ・ステップで義足が熱を持っているのがわかった。


「加速した時」の中を動くためには、義足と身体に大きな負担をかける必要がある。


(休憩を挟んだとしてもあと1発。それ以上は義足が持たない。そもそも…)


ニヤニヤと笑みを浮かべるエドヴァルトに剣を向けながらオルロは思考を巡らせる。


(もう1人幹部が残っている状況で全部出し切って本当に大丈夫か?それにコイツ等には…)


オルロは「角つき」や「羽つき」、ボニファやロザリー、そしてグラシアナが黒い煙を纏って復活する光景を思い出す。


「魔神の加護」―――魔神の気まぐれで「魔神教」の信者たちは生き返ることがある。


切り札を2回も発動したのに、エドヴァルトを倒し切れなかったのはかなりの痛手だ。


それに「加速した時」の中での動き方をエドヴァルトはオルロとの戦いの中で急速に習得しつつある。


「ショートカット!『ストップ』!!!」


その時、ユージンの魔法の発動の声が聞こえた。


「!?」


その瞬間、エドヴァルトの足元に時計のような魔法陣が出現し、彼の動きを封じる。


『武装』アーム…モード『尻尾』テイル!!」


シュネルがユージンの意図を察し、尾を生やすと鞭のように動きを留めたエドヴァルトの身体を縛り付けた。


「ユージン…」


オルロの中に戸惑いが生まれる。


事前の作戦ではこの「ストップ」と「尻尾」テイルは本来、ルシアを捕縛するために用いるためのものだった。


同じ戦法が2度通用するほど甘い相手たちではない。






「いいから!やれっ!オルロォ!!」


ユージンが叫び、


「おおおおおおお!!!!!!」


それに押されるようにオルロは剣を振りかぶった。


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