第23話 自己紹介に向かう足取り1

通学路で突然現れた男子に曲がり角でぶつかる。そんな古典的なフィクションの出来事が目の前で起きている。朝から理解できないことが起こりすぎて私はますます混乱していた。とりあえず私は出された手を取り、なんとか立ち上がった。


「大丈夫ですか? どこか痛いところはないですか? もう、歩けますか?」


 私を立ち上がらせると男子は心配そうな顔と焦った顔を混ぜ合わせたような慌ただしさで次々と質問を投げかけた。私は今起きていることがまだ受け入れることができずに乾いた喉を上手く鳴らすことができなくなったままだった。


「は、はい……。もう、大丈夫です。あの……、本当にごめんなさい………」


「どこにもケガが無いなら良かった! 俺も大丈夫なんで気にしないで下さい。じゃ、急いでるんでもう行きます!」


 私が何とか言葉を返した途端に男子は勢いよく遠くへと向かって行く。そういえばあの人、制服着てたな……。年齢も近そうな感じだったし……。そんなふうに思いながら私はぼんやりと地図を確認する。地図は男子が走り去ったのと同じ方向を指し示していた。


「うそっ!? あの人、私と同じ学校なの? すいませーーん!! 待って……、待ってくださーーい!!」


 どんどんと小さくなっていく背中に向かって声を張り上げながら追いかける。散々走り回って喉も乾いた状態でもその時の私の心臓は高鳴るように強く鳴り響いていた。


「はぁ……、はぁ……。全然、追いつけなかった……。でも多分あれで合ってるよね………」


 私は目の前に現れた校舎らしき建物に私は一安心する。柔らかな日の光と爽やかな風に包まれた新鮮な雰囲気が温かく出迎えてくれた。私が少し歩くペースを落として校舎の様子を眺めながらゆっくりと近づいていくと二つの人影が校門の側に立っているのが見えた。


「もしかしてお前が転校生の水蓮寺遥か? 今、一体何時だと思ってる? とっくに授業は始まってるんだぞ?」


「すみません……。本当に、遅刻するつもりは無かったんです……」


「まぁまぁ、野坂先生。あんまり責めないであげてください。水蓮寺さんはかなり離れたところから通学してますし、初めての通学で道も分からなかったんですよ。水蓮寺さん、あんまり気にしないでください。野坂先生は水蓮寺さんに何かあったんじゃないかって心配でしょうがなかったんですよ」


「ゆりか、お前っ……! 余計なことを言うんじゃない。いきなり私の教師としての立場がなくなってしまうだろ」


「立場がなくなるって、本当のことだし生徒を心配するのは良いことでしょ? だったら言ってもいいじゃない。どちらかといえば千絵ちゃんのピュアな部分が知られるのが恥ずかしいだけなんでしょ?」


「名前で呼ぶなって前にも言っただろ? ……本当、お前といると調子が狂うな」


 ジャージ姿でいかにも厳しそうな体育教師がふんわりとした口調と服装に身を包んだ女性教師にからかわれてすっかり調子が悪くなったのか、被っていた帽子を下げて顔を隠す。あんまりにも二人の掛け合いが仲良くて平和そうで私は耐え切れず笑い声をあげてしまった。


「水蓮寺っ……! お前も私を馬鹿にするのか!? 教師としてそれだけは許さんぞ!」


「恥ずかしいからっていきなり怒ったら可哀そうでしょ。じゃあ、水蓮寺さん。ここで長居するのもなんだからそろそろ行きましょうか。ようこそ、夢と希望の湘葉学園へ!」


「こいつは一体何の根拠を持ってなんて枕詞を付けているんだ……。まあいい。とりあえず私達が水蓮寺のクラスを案内するから、お前は黙ってついてこい。いいな? では出発!!」


 二人の先生が威勢よく言葉をかけて躊躇なく未知の領域へと歩みを進めていく。新しい境地に目がうつろいながらもまた背中を見失わないように私は駆け足で後ろをついていった。

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