第7話 落ち着いて話をしよう

「ふう……。やっと、終わったな……」


「うん。散らかしたのは私なのに手伝ってくれてありがとうね、おにい」


「まあ、俺も久々に掃除したから気持ちがすっきりしたよ。これから俺も時々掃除しようかな?」


「うん……。でも、それはおにいが本当に気が向いた時だけでいいよ。もし少しでもやりたくなかったら全然私に任せてもらって構わないから……」


 気を遣われていると思ったのか桐葉は不安げな小さな声で囁く。これ以上、この話を続けるのは危険か。そう判断した俺は隷属部と生徒会との話を始めた。


「……ということで隷属部と生徒会が全面的に対立することになりそうなんだ。石立はまた後日その対抗手段を講じるとかなんとか言ってたんだが、生徒会は一体隷属部をどうしたいんだろうな?」


「うーん……。私もよく分からないなあ。でもちょっと待って……」


 桐葉は深刻そうな暗い瞳で少し考えるそぶりを見せると、数秒の間目を閉じた。そして次に目を開けた時には心の中で突っかかっていたことが解けたのか赤い瞳を輝かせながら、ついさっきまでとは別人かのようにすんなりととびきりの笑顔を見せた。


「隷属部は早希先輩がおにいの前で個人的に承認しただけなんだよね? もしかしたらまだ隷属部は正式な部活動として成立してないんじゃないかな。だから、生徒会はそれを利用しようとしてるんじゃない?」


 確かに隷属部は先輩が生徒会長の権限を使って無理矢理承認したに過ぎない。そこまで絶対的な会長の後ろ盾を失えば部活動としては正式に認めることはできない。至極当然の論理だ。俺は桐葉の説明に何度も頷いて、


「そういうことなら一回隷属部で集まって対策を考えないといけないな。よし、俺の方から水蓮寺に伝えておこう」


「なに……? おにいなんでそんなに嬉しそうな顔してるの? まず今日だって部活動も無かったのに二人きりで部室にいたんだよね? そもそも二人は何をしてたの?」


「い……、いや……。水蓮寺となんて何もあるわけがないだろう!? 今日だって水蓮寺に呼び出されてからされたことといえば思いっきりぶん殴られたことぐらいだし、二人でいい雰囲気になるなんて無かったよ」


 俺は目の前の鋭い眼光に戸惑いつつも、嘘と真実を半々に混ぜ込んだ上手い切り返しで何とか対応する。それに桐葉は安心したのかほっとため息をついた。よし、山場は乗り切ったみたいだ。俺は出まかせを吐き出してカラカラになった喉に水分を補給しようとコップに手を伸ばす。


「そうだよね……。まさか、おにいと遥さんがそんな雰囲気になるなんてありえないよね? 良かった……、私てっきりおにいが遥さんとキスでもしたんじゃないかと思って……」


 桐葉がそこまで言ったところで俺は盛大に口に入れていたお茶を吹き出し、激しく何回もむせた。そしてそれが落ち着いたときに目の前を向き直すと、当然更に厳しくなった赤黒い目がこちらをじっと見つめていた。


「おにい…………? まさか、本当に遥さんとキスしたんじゃないよね……? ていうかその感じだとしてないっていう方が不自然に感じるんだけど……」


「違う……! これは誤解だ。タイミングが合いすぎて信じてくれないかもしれないが本当にたまたまなんだ。俺はただ桐葉がキスっていう単語を出したときに偶然むせただけだ。信じてくれよ! 桐葉…………!」


「ふーーん。まあ、おにい。まずは落ち着いて話をしようよ。これからじっくりと話は聞いてあげるからさ……」


 桐葉は全く疑いの目を弱めずに頬杖をつきながらソファに深く座る。ああ、今日は眠れないかもしれないな……。絶望と羞恥のはざまで俺は床に正座して頭の中で言い訳の準備を進めていた。

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