第82話 異変というより豹変

 最近、気になることがある。自分の生活や悩みがどうとかじゃない。ただ気になるのは私の知り合い、一条俊についてだ。いつものようにアイツは一人で教室に入って来る。でも、それは私が知っているアイツではなかった。


「……水蓮寺。水蓮寺どうしたんだ? 俺の顔に何かついてるのか?」


「別に……、アンタに興味のあることなんて一つも無いわ。気が散るからさっさと席に着きなさい」


「ひどいもんだなぁ。はいはい、分かりましたよ。全く、うちの部長は自分勝手で困るぜ……」


 一条は肩をすくませながら自分の席に座る。桐葉ちゃんが言っていた通りアイツとは何もかもが違いすぎる。私の知ってる一条はもっと元気が無くて、ずっと考え事をしてる気難しい奴で……。もっと…………、他人のことにまで干渉するおせっかいな優しさがあるやつだった。解放祭が終わってから変化は訪れた。私が花火を打ち上げて一条が屋上に上ったあの日に全てが変わったんだ。


 窓際の席でため息をついて外の景色を眺める。一体、あの時なにがあったのか。常人なら全く見当もつかない不可思議な現象だ。でも今の私にはある程度の予測はたっている。アイツを取り戻すために次は自分が動く番なんだ。そう決意すると私は授業の内容を聞き流しながら自分の計画で頭をいっぱいにする。その間もアイツは心地いい顔をしながらのんきに居眠りを楽しんでいた。



「……ところで急に部室に呼び出して何の用なんだ? 解放祭も終わったし、隷属部への依頼も一つもないんじゃないのか?」


「今日はそんなことで呼んだわけじゃないわ。私がアンタを呼んだのはもっと大げさな理由があるからよ」


「は……? 何だよ、それ……?」



 放課後の夕日に染まった部室で一条は明らかに怪しんだ目でこっちを見つめている。私は息を深く吸うとゆっくりと足を前に進め始めた。


 登場人物の置かれていた状況が一変して、自分が救われたように相手を救う。ラブコメに限らずどんなジャンルの作品でもありがちな古典的な対比構造。今の私は、まさにそんなベタなシステムの中にいる。自分が救われた方法で俺も救ってみろとでもいうように明らかに豹変した異質者。放っておけるはずがない。ここでの後悔は必要最低限に。そのためには例え相手が仲間でも容赦はしない。



「いい加減に……、戻ってきなさい! アンタにはまだ自分の役割と……、目的を果たす義務があるでしょうが!」


「だから、俺には水蓮寺が言ってることなんて……。て、水蓮寺……? そんなに拳を固く握りしめて一体俺に何をしようっていうんだ?」


「あら……、アンタ解放祭が終わってそんな簡単なことも忘れちゃったの? 理不尽に怒り狂った頭がおかしい私と二人きりになってされることは一つでしょ……?」



 恐怖と絶望でおびえ切った一条を逃がさないようにしっかりと肩を掴んで拘束する。ここからは短く一撃で決める。もしそれでもダメだったら何度も繰り返してやり直してやる。私は固い決心と沸き上がる激しい感情をこめた生涯一のゲンコツを思いっきり顔の真正面に食らわせる。拳にずっしりと重さが伝わった瞬間、一条の身体は宙に舞い鈍い音ともに倒れ込んだ。

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