第81話 絶望の青い瞳
「先輩! 先輩、しっかりしてください!」
花火が舞い散る轟音の中、俺は必死になって先輩を揺り動かす。髪と制服が乱れるほどの激しい勢いでようやく先輩の瞼が少しずつ開いていった。
「一条君? 私、今何をして……」
先輩は目覚めた瞬間に絶望感を露わにし、一言も話さなくなってしまった。唇は震え、目からは大量の涙が溢れかえっている。そして俺が聞くよりも先に先輩は声を絞り出した。
「ダメだった……。私今日まで頑張ってきたのに、それも全部無意味だった。告白することもできずに終わるなんて悔しい……。悔しくて、悲しくてもう何をすればいいか分からない。私はこれからどうやって生きていけばいいの……?」
先輩が問いかけたところで俺は何も答えることは出来なかった。覚悟はしていた。それなのに目の前にある状況を受け止めきれない。善にも悪にも染まりきらない中途半端な自意識は重圧に耐えきれず、俺に口を開かせた。
「俺……、なんです……。俺が、花火を打ち上げました。先輩の告白が失敗するように仕向けたのは俺なんです……。でも……」
「やっぱり……、そうだったのね。私、まんまと騙されちゃったんだ。それも一番信頼していた後輩に、騙されちゃったんだ」
「……すみません。俺はこうするしかなかったんです。でも俺がこんなことをしたのは……」
「言わないで! 一条君の言葉は今は聞きたくないの……」
先輩はかすれた声で叫ぶと、耳を両手で塞いだ。その華奢な体は青白く染め上がり、震えている。今にも折れそうなほどに先輩の体は細く頼りなく見えた。
「もう……、嫌なの。裏切った仲間よりも裏切られた私が嫌い。本当に嫌い……。一条君は悪くないの。私が悪い。私はいつだって他人任せで水蓮寺さんみたいに決断力があるわけじゃない。それで人から信頼もされてないなんて最低よ。こんな自分なんて誰も必要じゃないんだ。こんな自分なんて……、いなくなったほうがいいのよ……」
今の先輩は完全に冷え切っている。そして俺には先輩の心を溶かすような温かい言葉は存在しなかった。
「私なんて……、この世界から消えちゃえばいいんだ……」
先輩のうつろな目が揺れる。黒く澄んでいた瞳が生気のない青に侵食されていく。この人は俺の知ってる先輩じゃない。目が完全に青に染まったとき、先輩はうつろな目でこちらを見ていた。
「なんで……、ここにいるの? 私が悠斗に告白しようとしてたのに……。そのためにここまで頑張ってきたのに。なんで私を裏切ったの? 嫌い、嫌い、嫌い……。一条君なんか大嫌い……」
心を失い、人形のように力なく立ち上がった先輩は低い声で言葉を突き付ける。弱い心は先輩によって跡形もなく砕かれた。俺は……、なんてことをしたんだ……。先輩を裏切らなければこんなことにはならなかったのに……。俺は数分前の先輩と同じように耳を塞いで目の前の現実から逃避する。しかし、花火の音と先輩の声が消え去ることはなかった。
「嫌い、嫌い、嫌い。私を裏切る人なんて大嫌い。なんでこんなことしたの? 私は一条君を許さない……」
大輪の花火を背にした先輩は俺の耳元で近づいてくる。もう、お終いだ。俺は先輩の濁った青眼を見ながら頬を濡らしていた。
一条君なんてこの世界から消えちゃえばいいのに。
視界は煌びやかな炎色から一転して暗くなっていく。最後の花火が消えると同時に、俺の意識は静かに絶え果てた。
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