第61話 痛みと愛しみ3

「よいっしょ。ほら、一条。やっとアンタの部屋に着いたわよ。アンタの部屋って何の特徴も無いのね。もう少し面白みがあるのを期待してたんだけど。……まぁ、いいわ。とりあえずベッドに運ぶからアンタは大人しく寝てなさいよ」


 水蓮寺は俺の部屋をキョロキョロと見まわしながら少しずつベッドに向かって進んでいく。やっとベッドに入れそうな距離に差し掛かった瞬間、水蓮寺は雑に俺をベッドに投げ入れた。


「痛ッッ!」


 軽く足をぶつけただけで俺の足には激痛が走る。投げ入れられた勢いでベッド上を悶えながら一回転半すると、俺の身体は壁に背をくっつけた状態で停止した。水蓮寺は安心したように息を吐くと俺のベッドに背を向けて崩れ込むように座った。


「本っ当にアンタを運ぶのは疲れたわ。私、もう体力の限界かも……」


 そう言った数秒後、水蓮寺の背中は彼女の呼吸に合わせて大きく上下していた。俺もすぐにでも意識が飛んでしまいそうだ。もう少し詳しく水蓮寺の眠る姿を見たかったがそれは今度にすることにしよう。水蓮寺の背中を見ながら少しずつ目を閉じる。そして目が完全に閉じた瞬間、俺の意識は部屋の照明の余韻とともに急速に離れていった。





 寝息。近くで誰かの寝息がする。……そうか。ベッドの側には水蓮寺が眠っているんだった。水蓮寺がいるということはまだそこまで時間は経っていないのか? 俺は意識が目覚めて早々目を閉じながらも考えを巡らせるが、水蓮寺の寝息に気を取られて集中できない。全くこいつは会話だけでなく寝息ですらも大きいのか……。少し不満げに思いながら目を開けると俺の顔の前には水蓮寺の顔があった。


 は……? 俺は思わず大声を出してしまいそうになる。落ち着け、一旦今の状態を整理しよう。ベッドには俺だけでなく水蓮寺が入ってきていて、今にもキスしてしまいそうなほど至近距離で熟睡している。なるほど、考えれば考えるほど理解できない。とりあえずこんな状況からはさっさと抜け出してしまおう。なんとか水蓮寺の寝姿を直視しても理性を保ち続け、すぐに立ち上がろうとする。しかし次の瞬間には俺の理性は完全に消え去っていた。


 痛ッッッ! 足に激痛が走り、再び悶絶する。そうだ、完全に忘れていた。俺はこの状況から自力で抜け出すことも寝返りをして目を逸らすことすらできないのだ。そんな……、一体どうすれば……。絶望感から一気に心臓が早く脈打ち、呼吸も完全に乱れてしまう。どうしよう、どうしよう……。完全に理性を喪失した俺の目の前には変わらずぐっすり眠っている水蓮寺の姿があった。

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