第60話 痛みと愛しみ2
「た……、ただいまぁ……」
「おにい! おにいなの⁉ 私が帰ってきても家にいなかったからすごく心配して……。って、なんで遥さんが一緒にいるんですか?」
「……………………」
水蓮寺は無言で俺に恐ろしい目を覗かせる。俺は水蓮寺の肩に腕を預けたまま、気まずい雰囲気からそっと目を反らした。水蓮寺は物凄く機嫌が悪そうな口調で、
「……このバカが何の段差もないところで派手に足を滑らせて思いっきり転んだのよ。しかも転んだとこが正門の真ん前だったから後ろから来た自転車にそのまま轢かれて……。で、ずっと地面をのたずりまわって全く動かないから仕方なく私が連れて帰ってきたの」
「おにいが迷惑をかけて本当にすみません! ほらおにいもちゃんとお礼言ったの?」
「……はい、いつもいつも迷惑ばかりかけてすみません」
俺はやっと水蓮寺の目を見て深々と頭を下げる。すると水蓮寺は軽く息を吐くようにそっと笑った。
「遥さん、良ければ上がって休んでいってください。せめてものお礼で美味しいクッキーを用意しますので」
「じゃあ……、お言葉に甘えてちょっとだけ休んでいこうかしら……。桐葉ちゃん、一条の部屋ってどこらへんにあるの? とりあえずこいつをベッドまで運んでくるわ」
「おにいの部屋は二階にありますけど……、遥さんにそこまでやってもらうわけにはいかないです。学校からここまで長い距離をもう運んでもらった後ですし」
「別に大丈夫よ。私、こいつを学校から延々と運んできたせいで体の支え方のコツをマスターしたの。だから私が運んだほうがすぐに運べると思うわ。桐葉ちゃんは美味しい美味しいクッキーを用意してて。あと紅茶も追加でよろしく!」
「は、はい。分かりました! 今すぐ準備します!」
桐葉は水蓮寺からの注文に対応するために急いでキッチンへと向かった。また二人きりになると水蓮寺は俺の腕の下に体を入れて再び支える体勢に移行する。
「さて……と、じゃあこれから階段上るからアンタは絶対足を滑らせたらダメよ。もしまたこけて私を巻き込もうもんならそのケガしたすねを思いっきり蹴とばすから。分かったわね?」
「はい、わかりました。部屋まであと少しお願いします……」
俺は絶対にこけてはならないと何度も心の中で復唱する。だが絶対にしてはいけない状況の中では緊張して、いつもよりも足を滑らせそうな気がする。俺はとてつもない不安と恐怖を感じながら水蓮寺とともにまず一歩、階段を上り始めた。
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