第35話 喪失感

 気がつくと俺は自分のベッドに寝そべっていた。俺は今まで何をしていたんだ……? 悠斗が最後何か言おうとしていたところから全く記憶がない。俺は手がかりを得るためにリビングの桐葉の元へと向かった。


「あれ? おにい部屋に戻ったんじゃないの? まだ私に用事あるの?」


「桐葉、俺さっきどんな感じだった? いつもと違う部分はなかったか?」


「急にどうしたの? おにいはさっきまで私とご飯食べてたじゃん。しかも見たことないくらい機嫌良かったし。あ、そこがちょっとおかしかったかな。いつものおにいはもっと暗いし考え事ばっかりしてるから」


 自分が知らない間に俺は普通に生活していたらしい。おそらく俺の人格は異変によって一時的に改変されていたようだ。でもなぜだ。何が原因で俺は異変の支配下に置かれてしまったんだ。俺が答えを探していると桐葉は少し嬉しそうに笑いかけてきた。


「良かった。いつものおにいに戻ったんだね。そうそう、いっつもこうやって無駄に怖い顔しててこそおにいだよ!」


「無駄に怖いって……。俺も無意識でやってるんだからそんなに言われると傷つくぞ。それより変なこと聞いて悪かったな。今度こそちゃんと寝てくるよ」


「分かった! おにい、ゆっくり休んでね!」


 桐葉の顔を思い浮べると自分の部屋までの道のりが少し短く感じた。俺はまた自分の部屋に入る。暗く静かな部屋の中では自分以外のものは存在しない。しかもその自分という存在すらも消え去ろうとしている。現に理由も分からずしばらくの間消えていたのだ。俺はいつ消えてもおかしくないだろう。


 俺は目を腕で隠して無理に眠りに就こうとするが覚醒した自意識が体をベッドの上から跳び上がらせた。俺はどうすればいいんだ。不安だけが心の中で大きくなっていく。俺は助けを求めるように窓の月を見上げた。今夜の月は今にも消えそうなほど細く、小さくなっていたが満月に負けないほど強い光を放っていた。俺は自分の拳に力を入れる。


「せめて、理由さえ分かれば……」


 改めて自分の記憶を探る。悠斗が俺に最後に言った一言が俺が消えた原因なはずだ。俺はその一言を思い出そうと必死に脳を働かせる。ダメだ、最後の言葉だけ全く思い出せない。原因が分からなければ対策のしようがない。俺はこのまま消えるのか……? ふと脳裏にこれまでの日々がフラッシュバックする。どれも自分が経験したことのなかった輝くような瞬間。彼女たちの笑顔に俺は初めて涙した。

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