第29話 開かない体育館倉庫3

「おかしい! 何で? 何で開かないの?」


 水蓮寺は扉を何度も叩く。しかし扉は全く動かない。しばらく粘っていたものの水蓮寺も数分後には膝から崩れ落ちていた。


「もう諦めろ。今の状態で俺達には脱出手段はないんだ」


「アンタはどうしてそんなに落ち着いてるの? 私たちは密室に閉じ込められちゃったのよ? そうだ、スマホで連絡を取れば……」


 水蓮寺はポケットからスマートフォンを取り出して素早く指を動かそうとするが画面を確認したところで全身が固まってしまった。


「……電池切れてただろ。俺達は脱出も連絡もすることはできない。完全に閉じ込められたわけだ」


「噓でしょ……。嘘よ! 本当に何も手段が無いんだったらアンタがそんなに落ち着いているわけないじゃない! 一条、早く脱出する方法を言いなさい!」


「分かった、言うよ。言うから一度落ち着いてくれ」


 俺がそう言うと水蓮寺は揺さぶっていた肩から手を離し、やっと口を閉じた。いつもは強気な水蓮寺がとても不安そうにしているのを見ると何だか新鮮な気分になるな。俺は水蓮寺の涙目を見つめながらゆっくりとマットに腰掛けた。


「これは典型的なラブコメ展開だ。水蓮寺、お前体育館倉庫イベントって知ってるか?」


「漫画とかアニメで見たことあるわ。男女が倉庫に閉じ込められていい雰囲気になったところで外から人が助けに来るってやつでしょ? まさかアンタの考えてる脱出方法って……」


「そう、俺とお前がいい雰囲気になれば自然と扉は開くはずだ。たとえば……、キスをしかけるとか……?」


 水蓮寺は両手で顔を覆い、がっくりと項垂うなだれる。すると水蓮寺は小さい声で、


「あなたはそれでいいの? 早希さんのことが好きだって言ってたじゃない。私と……、いい雰囲気になっていいの?」


「大丈夫だ。いい雰囲気になったとしてもここで結ばれるわけじゃない。というか水蓮寺はこの状況がラブコメの展開だって信じるのか? 前はあんなに否定してたのに……」


「「……………………」」


 水蓮寺はスカートの裾を握り恥ずかしそうにこちらを見る。俺も水蓮寺の予想外の反応にさっきまでの冷静さは無くなり完全に意気が上がっていた。動悸が激しくなり体育館倉庫のぬるい空気が更に熱くなっていく。こんなことになるんだったら体育館倉庫に入らなければ良かった。俺がマットの上でうずくまりながら後悔していると水蓮寺がすぐ隣に座った。


「一条が良いっていうのなら……。私と一条がここで結ばれることが絶対に無いのなら……」


 俺は顔を上げる。水蓮寺は緊張と不安からか掠れるような声だったが、透き通るような黒い瞳は俺を捉えて離さなかった。俺は水蓮寺の次の一言を待つ。血液の流れる音が延々と続いた後、ついに水蓮寺が口を開いた。






「私と……、キスしてくれませんか……?」






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