第5話 自宅の異変

「じゃあ、一条君。色々と迷惑をかけてしまうかもしれないけど、これからよろしくね」


「はい、じゃあまた学校で」


 結局先輩が悠斗に告白するタイミングは、悠斗と水連寺の状況を見て決めることにし、俺は二人の様子を近くで見ることになった。ひとまずの目標を設定できたからか、悩みを共有できたからかは分からないが、土砂降りの大雨の中でも先輩の後ろ姿は少し明るげに見えた。


「……さて、俺はどうしたらいいんだろうな」


 俺は先輩を見届けた後、一人そっと呟く。とはいっても、先輩や悠斗のことをしみじみと思い起こしているわけではない。どちらかといえば、俺の思考はすでに自宅へと飛んで行っていた。


 先輩の髪が青くなったように、俺の生活にも異変が起きた。そのせいでここ2週間まともに家でくつろげていない気がする。何ともこの生活は嬉しいのやら、辛いのやら……。そうやって最近の出来事を思い起こしているうちに、いつの間にか玄関に辿り着いていた。


「おにい、おかえり。ってめっちゃ濡れてるじゃん。タオル持ってくるからちょっと待っててね!」


 俺が扉を開けた途端、中から高く澄んだ声が響く。伏せた目を一瞬上げると、赤いショートカットの髪が廊下の奥へ消えていくのが見えた。やっぱり全然慣れないな。俺はひとまず指示された通りにする。


「はい、タオル持ってきたからよーく体拭いてから上がってきてね。あ、あとお風呂も沸かしてあるから入っていいよ」


 俺には妹ができた。できたといっても、いきなり湧いて出てきたわけではない。この世界は髪の色素を変えることはできても、人間を自動生成することはできなかったようだ。進級早々、俺の母親が再婚して連れてきた義理の妹、それがこの一条いちじょう 桐葉きりはだった。そして俺の両親は妹と一軒家を用意するなり海外出張に行ってしまって、俺達は春から一つ屋根の下、共同生活を送っているのだ。


「おにい、どうしたの? なんかめっちゃ怖い顔してるけど何かあった?」


「いや、なんにもない。ちょっと考え事をしてただけだ」


「そう? ずっと濡れたままいると、風邪ひいちゃうから早くお風呂入ってね」


 できる妹と一軒家に二人暮らしで、親は海外出張。この家には、訳の分からないほどにラブコメ要素が詰まっている。だがどうして俺なんだ。異変が始まってから2週間経っても、何の女気もない俺の家がなぜこうも主人公の自宅のようになり果てているんだ?


「まさか……、な……」


 俺は湯船につかりながら小気味悪く微笑む。一瞬思い浮かんだ理想の世界も、現実とのギャップに湯気のように消え去ってしまった。


「おにいー! もう夜ご飯の準備できてるから、お風呂あがったらすぐリビング来てねー! 今日はおにいの好きなハンバーグだよー」


 まあ、考えたって仕方がないか。こんな訳の分からない世界でも、楽しめるところは楽しんでおこう。それがこれから苦労する者の特権ってもんだ。俺は桐葉の明るい声に応答すると、いつもよりスムーズにお風呂から上がった。

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