第8話 アルフレッドとカシラ
病院の中庭で話をしているアルフレッドとカシラ。
メッケの案内とネトの情報網を駆使して十五分ほど前、カシラたちはそこへたどり着いた。
……その時カシラは歯をむき出して立ち止まった。
病院の入り口で待ち構えるように座っていたのは老犬アルフレッドだった。
『やはり爺イか! ここは空き家だったはず! 』
『おお……いきなりのご挨拶じゃな。……新しく先生がいらしたんじゃ。我々のためのな』
そう言って身を起こすアルフレッドを無視し、カシラは耳を立て、窓の桟に飛び乗り、マナを探し回った。
やがて裏に回ったカシラの妻クインが彼を呼んだ。
『あなた、ここよ! あのトムといる!』
『チッ!』
その部屋の窓の外からガラスを引っ掻き、カシラは叫んだ。
『おいキサマ! トム、何してる! 開けろ、開けんかぁーーっ!』
その足元へアルフレッドが歩み寄り、いたわるようにカシラに言った。
『お前の娘は足の骨をおり、先生が手術した。しばらくは動けんじゃろう……』
アルフレッドは事の始終を話した。
『……あのトムが……そうか』
『ホッホッホ。ここに来ると思っとったぞ、チビスケよ』
およそ六年前、アルフレッドとカシラはこの街で出会った。
それは忘れることのできない出会い。
傷つき痩せ細った子猫のカシラを咥え、ビンセントのもとに走った日の事をアルフレッドは忘れない……。
『……おれはもうチビスケなんかじゃねえ! 体もデカくなった。力だって、あんたにだって負けねえ!』
『おぅそれは失礼じゃったな。うむ。確かに、勇ましく立派になったな』
アルフレッドはしみじみ言う。
カシラは睨みつける。
『のう? カシラよ。まるであの時のようじゃな。お前さんもこうして病院で手当てを受けた』
カシラはギロリと左目を光らせた。
『ああ! そしておれの右目はこうなった!』
『待て。お前さんは路地裏で息も絶え絶え、瀕死の状態じゃった。その目は酷く潰れていて……お医者さんも手を尽くしたさ。なんとか命だけは救われた。それだけでも』
『うるさい! 確かにそうかもしれんが、おれは絶対人間を信じない! おれの心の傷は一生消えないんだ!』
『……一生、消えぬか』
『あんたには感謝してる、あんたの主にも医者にもな……だが、おれは決して忘れない! あの身勝手な、おれを飼ってた粗暴な人間どもを! あんたはわかっているはずだ、本当は人間の本質など醜く、強欲で争いが好きなんだと』
噛みつくようにカシラは言った。
サブやゴツら二十数匹の猫たちがアルフレッドの周りを取り囲む。
カシラは続けた。
『人間たちはおれたちの
『ふむ。お前さんは外で生き、感性も研ぎ澄まされとるのぅ。そう。この変化の風は止まん。おそらく人間自らの力でももう止められんのじゃ』
『あんたはそれを許すのか? それでもあんたは人間の
『わしらには人間に寄り添い生きてきた歴史がある。これは変えられん事実。……許す? それは神のみぞ知る。じゃ』
『ハッ! 所詮あんたは人間様に仕えて何ボのお犬様だもんな。人間に従って尻尾振ってやがる。だがおれは違うぞ。おれは自らに従う。この命に従って生きてんだ!』
『……ふむ。その情念が大勢を惹きつけるのか。群れなさぬ猫らしからぬ、まるで魔物のようじゃな』
取り巻く猫たちは気が
アルフレッドは悠然と彼らを見回し、憂いに満ちた眼差しでまた、カシラと向き合った。
カシラは続けた。
『ほざけ! まぁ見てろ。あんたが言う〝神〟ってやつが、いつか人間どもに鉄槌を下すだろうよ。おれはそれを願ってるのさ』
『……そうかのう。うむ。神は見ておられるからのう。悪さはできんもんじゃ。……しかしカシラよ』
じっと見つめるアルフレッド。
『はぁ? 何だ爺さん』
『実はお前さんにとても会いたかった。こうして話がしたかった。どんな話でもな』
『……ケッ! 何を言ってやがる』
アルフレッドの微笑みにカシラは目を反らした後、ボソリと聞いた。
『……マナは……治るんだろうな?』
『ああ。大丈夫じゃろう。わしにはあの子が走り回る姿が見える。大丈夫じゃろう』
『……とにかく、礼は言っとく。娘を助けてくれて、ありがとな』
『おう』
カシラは仲間に合図をし、アルフレッドに背を向けた。そして、
『……礼を。トムにも』
『伝えとくよ。……また、話せるか? カシラよ、またいつか』
『知らん。そんなの知るか!』
思いを残しながら闇に消えゆく彼らの姿を、アルフレッドは静かに見送った。
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