第4話 ニック・オルソン
フリーホイールの田舎道を一台のキャデラックが行く。
運転するのはニック・オルソン。
彼は大企業〝オルソン・エンタープライズ〟の営業部長だ。
どこまでも続く古臭い街並みに彼はまた大きな欠伸をし、窓を開け煙草に火を着けた。
「あー ろくなレストランもねぇ。全く、こう……華がねえんだよなぁ〜」
見渡せば、年寄り子供、犬と猫……ばっかり。
働く若者はちらほら見かけても、遊び着飾る若者などどこにもいなかった。
「つまらん! ……まぁ、だからこそ来たわけだがな」とニックは呟き、速度を緩め、八番街を探した……。
トムはいつものように店の前にいて、吸い込んだばかりの朝の温もりを全身で味わい背伸びする。
あれから数ヶ月、気にはなっていたがアルフレッドの言ったように悩んだりはしなかった。
それより今、目の前に現れた女性が気になっている。
――そういえば昨日も、その前も来た……いったいこの人は誰だろうとトムは首を傾げ、何か言いたげなその女性に「ニャン」と挨拶した。
彼女はトムの前にしゃがみ、にっこり笑って見せた。
「おはよう。……君、ここで飼われているのね?」
「ニャ?」
「お名前は何ていうのかしら」
「……ニャァオ」
彼女は優しくトムの顎を撫でた。
気持ちよくゴロゴロとトムは目を細める。
ふと、……あれ? 前に会ったかなとトムは感じるが彼女はトムの頭を撫で、静かに立ち上がった。
「ふふ。かわいいコ。じゃあ、今日はパン買って帰るわね」
そう言って店内に入って行く。
トムはじっと見届けた。
中でビンセントに話しかけている。嬉しそうに応える彼。
パンの袋を抱え、彼女はまた外へ。そして、
「〝トム〟っていうのね。私はメアリーよ。よろしくね」
その時、メアリーとトムの前に一台の車が停まった。
黒く光るドアが開き、サングラスの中年男が降りてきた。
その姿を見て、「ニック!」とメアリーは声を張り上げた。
「な、何なんだメアリー! こんな所で!」
広い額にサングラスをずり上げ、彼ニックも険しく言った。
――どうしたんだろうと、トム。
メアリーはそれまでとは違う、険しい目と尖った口調で返した。
「フン! 二度と会いたくなかったのに、何なのあんた、私を追ってきたの?」
「ケッ、バカ言うな! 誰がそんなマネするか、てめーになんか」
「何ですって?」
「俺はこの店に用があって来たんだ! ……お前なんか」
「ああっそう、そりゃどうも!」
ピシリと話を打ち切り歯を食いしばり、メアリーはくるりと背を向けた。そして鼻息荒くさっさと立ち去った。
顔を激しく歪ませ、舌打ちするニック。
「チッ! クソ、あーー 気分が悪い!」
ニックは籐の椅子からじぃっと見ているトムを睨みつけた。
「シッシッ! 見るんじゃねえ、あっち行け!」
――わっ、こわい! ……振り上げられる腕に逃げ出すトム。
そしてまた遠ざかってゆくメアリーの後ろ姿をトムは確かめた。
『あんなに怒って……よほどの事があったんだな……』
ケッ、とニックは気を取り直し、ジョードの店へ入って行った。
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