猫のトム・ジョード SPIRITUAL HOME
宝輪 鳳空
第1話 プロローグ 〜トムの回想
あれは落ちてくるような真っ黒い空だった。
ぼくは寂しく夜道をさまよっていた。
みぞれ混じりの雨に震えていた。
目の前にはどこまでも続く二本のレールが光っていた。
凍てつく寒さに耐えきれず、ぼくはまた元の段ボール箱の中に潜り込んだ。
呼んでも誰も来ない。
泣いても叫んでも返ってこない。
やがて手足の感覚も無くなり、目も閉じてくる。
僅かな記憶も冷たい闇に押し潰されそうになった。
その時、遠くに聞こえた〝人〟の足音。
それはこの場所へ連れてきた人とは違う、頼りない足取りだった。
箱の中から見えたのは、よろよろと砂利に足を取られその場にへたり込む老いた男の姿。
体の芯までつんざく音、赤い点滅、踏切の警報機が突如僕の目を覚まさせた。
ぼくは気づいてほしくて、精いっぱいその人を呼んだ。
そこに仰向けに横たわる彼に近づき、思いきり叫んだ。
遮断機が下り、遠くから一つの光が向かってくる。
その人は宙を見つめ、迫ってくる白い光を待っていた。
それが何を意味するのかその時ぼくにはわからなかった。
ぼくはただありったけの声を張り上げた。
『さむいよー! おなかすいたよーー! 』
ぼくの小さな命は生きたいと叫んでいた。
粉雪が積もってゆく。
彼は顔を歪ませて泣いていた。
ぼくはすがりついて彼の耳元で喚いた。
轟音、唸る列車。
眩い光が雪も白い息も搔き消し、ついに迫る瞬間、彼は起き上がりぼくを抱きかかえた。
そして茂みの中に滑り込み、また震えながら声をあげた……。
****
次の朝。
目が覚めるとそこは温かい家の中だった。
毛布が敷かれた籠の中。
辺りを見回しながらそこから出ると、ソファの下には白い美しい毛並みの大きな〝犬〟がいた。
起きたぼくに気づいたその犬は、優しく微笑んでくれた。
『おはよう。猫のチビスケくん』
『え? あ……あ、おはよう?』
『初めて会ったら、先ずは挨拶じゃ。……お前さんはまだ……何もわからんようじゃな』
『……ん?』
『じゃがお前さんはあの人を救ってくれたのかもしれん……』
『……?』
それは犬のアルフレッドじいちゃん。
彼は穏やかで賢く、いろんな事を教えてくれた。
彼が犬で、ぼくが〝猫〟だということも。
ぼくと違うのはわかったが、まるで父親のように寄り添ってくれた。
ぼくを拾ってくれた人はビンセントさんという、温かい目で見守ってくれる人。
服も髪も清潔にして、しかも甘くていい匂いが漂っている。
『ビンセントさんはパン職人じゃ。家の表はお店になっておる。いつもたくさんのお客さんが来るんじゃよ』
ビンセントさんはぼくのことを〝トム〟と名付けた。
****
作品のイメージイラストを近況ノートにUPしています。
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