第6話 化け物バックパッカー、海岸を駆ける。

なんどでも波打つ海岸で、旅する化け物は行商人から投資される。




 その砂浜は、波の音しか聞こえなかった。




 人もいない砂浜に、波は打ち付ける。




 なんどでも、なんどでも、




 風に揺らされて、なんどでも。




 どんなに頑張っても、砂のすべてを飲み込むことはできない。




 それでも、なんどでも、なんどでも。






 その砂浜に、2人の人影が現れた。


「……海か」

 そのうちの1人がつぶやいた。顔の怖いバックパッカーこと、坂春だ。

 もう1人は黒いローブを身にまとった変異体の少女である。少女は周りに人がいないか確認するように周りを見渡している。

「ネエ、チョット靴ダケ脱イデイイ?」

「ああ、別にかまん」

 老人は海を流れる波を見つめたまま答えた。


 ローブの少女は履いている片方のブーツを脱いだ。そこから現れたのは、影のように黒い足に、人間にしては不自然にとがった爪。その足が、砂浜に触れた。

 もう片方の足も砂浜に乗せると、少女はため息を着きながら、空を見上げた。砂の感触を味わうかのように。


 少女の歩いた後を、砂の足跡が残していく。一歩ずつを踏みしめながら、少女は海を見つめていた。

 目線とは少し違う何かは、地平線の彼方かなたに向けられた。


「アノ向コウニハ何ガアルンダロウ……」


 よく聞くセリフだが、その声はよく聞く声の質ではなかった。




 その後ろを、老人が近づく。

 ローブの少女が振り返ると、何も言わずに口を開いた。

「……」

「どうしたんだ? お嬢さん」

「……ナニ、ソノ格好」


 老人はいつの間にか着替えており、上半身裸に海水パンツ、そして右手にはサーフィンボードが抱えられていた。


「波が俺に挑戦状をたたきつけた。それだけだ」

「……チョウセンジョウッテナニ?」

 少女の問いに答えずに、老人は海へと向かった。




 大きな波が、海岸に向かう。


「ぃぃぃいいいいいやっっっふうううううううううう!!!!」


 サーフィンボートに乗った老人は、奇声を上げながら波に乗っていた。

「ほうぅぅぅぅぅぅぅうひゃっはあああああああああ!!!!」

 人間離れしたトリックを決めていく老人の表情は、若々しい。

「今ッテ海、冷タイヨネ……マア楽シソウダカラ、イッカ」

 そうつぶやきながらローブの少女は再び歩き始めた。






 しばらく歩いていると、向こうから人影が現れた。


 一見スーツを身にまとった紳士に見えるが、よく見るとスーツは黒いパーカーであり、靴もローファーに似せたデザインのサンダルである。アイスのバニラ&ソーダを思わす整った顔つきで、手にビジネスバッグを握りながら、陽気に鼻歌を歌っている。

 ローブの少女は警戒心からか、正体を知られたくないのか、フードをかぶり直す。その様子を見た紳士は鼻歌を止めた。






 やがて、2人はすれ違った。




 その直後、紳士は方向を180度変え、ローブの少女の後を追った。




 少女は後ろを気にして足を速める。




 紳士は少女のスピードに合わせる。




 少女は海から離れるように横に移動する。




 紳士もそれに合わせて移動する。




 少女はかけだした。




 紳士もかけだした。




 少女は波の浅いところに移動する。




 紳士もぴったり合わせるように移動する。




 少女はかける。




 紳士もかける。




 少女の後ろで、水しぶきがあがった。




 紳士が前半身を海水に着水させていた。






「ダ……ダイ……ジョウブ……?」

 転倒して海水に前半身を着水させている紳士に対して、ロープの少女は恐る恐る尋ねる。

 紳士は海水に数個の泡をはきだした後に、勢いよく立ち上がった。

「ああ……なんてことだ。我輩の服が台無しじゃないか……」

「ゴ……ゴメンナサイ……」

「……どうして貴様が謝るんだ?」

「キサマ……?」

「ああ、貴様のような美しいお嬢さんのことである。貴様という言葉は主に侮辱として使われているらしいが、これは我輩の第二人称だ。紛らわしい言い方をすることをおわびする」

「……」

「それはそうと……」

 続きを言いかけて紳士は口を閉じ、一度せき払いをしてから再び口を開いた。




「貴様、ローブで姿を隠しているが……変異体であるか?」




「……」

 少女は、ゆっくりとうなずいた。

「やはりそうか。だが安心したまえ、我輩は貴様を通報する気はない。ただ、そのフードだけは下ろさないでくれ。交渉に支障がでるのでな」

「コウショウ?」

「ああ、早速取りかかろう」

 そう言って紳士は海から離れていった。少女も後に続いていく。






 砂浜で、紳士はビジネスバッグを開けた。


「スゴク……ゴチャゴチャシテイルネ」

「我輩は整理というものが苦手でな。今、目的の物を探すから、その間に貴様に質問させていいか?」

 紳士はビジネスバッグの中に手を入れる。

「言エル所ダケデ、イイ?」

「ああ、もちろんだ。それでは質問をさせてもらう。貴様は、姿まで隠して何しているのか?」

「旅、シテイルノ」

「旅か。目的は?」

「コノ世界ヲ見テマワルタメ。ソウ思ッタ理由ハ思イ出セナイケド」

「そうか。ならそのローブとバックパックはどこで手に入れたのだ?」

「オジイサン……坂春サカハルサンニモラッタノ。ソノ縁デ一緒ニ旅シテル」

「坂春? 坂春と一緒なのか?」

「知リ合イ?」

「ああ、一度だけ合ったことがあるのだが……どこにいるんだ?」

 ローブの少女は砂浜に向かう大波を指さした。


「ぅぅぅぅぅぅぅううファンタスティック!!!!」


「……相変わらずである」

 ロデオフリップを華麗に決める老人を見ながら、紳士はため息をついた。




 紳士はビジネスバッグの中から、黒塗りのスマートフォンを取り出した。

「スマホの使い方はわかるか?」

「……ゼンゼン」

「そうか。我輩の頼みを答えてくれるなら、これを貴様に進展しようとおもうのだが……聞いてくれるか?」

「ドンナ頼ミナノ?」

 紳士は再びせき払いする。

「貴様の旅の様子を、他の変異体に見せてほしい」

「……」

 少女は戸惑ったように体を揺らした。

「安心したまえ。このスマホは特別性。耐久性に優れているものはもちろん、搭載しているアプリはすべてこのスマホのみ入っている。もちろん、SNSにアップしたものも、我輩が渡したスマホにしか行き渡ら……」

「ソモソモ何ニ使ウノ? コノ板」

「……まずはタッチとスワイプから始めよう」






 老人がサーフィンを楽しんでいる間、紳士はローブの少女にスマホの使い方をレクチャーしていた。


 海を背にして、少女はスマホを構えた。スマホの画面に映った自分を見つめながら、長く伸びた爪が生えている指でVの字を作る。

 シャッター音が鳴ると、少女はスマホの液晶画面に爪を立て、操作する。液晶画面は傷ひとつ付かず、なぞった通りに画面が動いていく。


「コンナ感ジ?」

 少女から写真を見せられた紳士はうなずき、笑みを浮かべた。

「上出来だ。あとはそれを投稿するだけである」

 紳士の説明を受けながら、少女はスマホを操作し、先ほどの写真を投稿した。

「これで貴様の写真が公開された。先ほどもいったが、投稿された内容はこのアプリしか閲覧できない。我輩がスマホを渡した変異体にしか見られないわけだ」

「デモ、ドウシテコレヲ配ッテイルノ?」

「純粋なボランティアというよりは、大切な商売相手を増やしているだけだ。我輩はこう見えても行商人である」

「オ金……持ッテイナインダケド…….」

「心配する必要はない。このスマホを使って貴様が商売することもできる。最も、今貴様がそれを試すのは危険である。十分経験を積んでからがいいだろう」

「コレッテ未来ヘノ……ナンテ言ウンダッケ?」

 首をかしげる少女のしぐさに、紳士は目を細めて笑った。

「投資だ」

 少女も、口に手を当てて笑った。




 紳士はビジネスバッグを閉め、少女と向き合った。

「それでは我輩はこれにて失礼する。疑問があるのなら坂春に聞くといい」

「チョット待ッテ」

 少女が紳士を引き留める。

「ドウシテ怖イハズノ化ケ物ニ、商売シテイルノ?」

「……商売になるからである」

 そう答えながら、紳士は海を見つめた。


「人間の歴史の中で、ある疫病が広がった時代がある。突然変異症とは違い、空気感染の恐れがあるその病気に対して、人々は外出を自粛した。そんな中でも彼らは工夫した。家の中での退屈をしのぐために、いつ事態が収まるかわからない中で、なんどでも、なんどでも」

 再び、紳士は少女に振り返った。

「これは我輩の大祖母からの話である。この話から我輩は、変異体へのビジネスを思いついた。ただそれだけである」

 そうつぶやいて、紳士は立ち去った。




「ホントニ、商売ニナルダケナノカナア……」

 そんなことを呟きながら、少女は砂浜を歩いていた。

「ぉ……お嬢さん……」

「!? 坂春サン!?」

 少女がかけ出す。その先に、老人がサーフィンボートを抱えてうずくまっている。

「す……すまん……こ……腰が……」

「……」

 腰を痛めた老人と、あきれるローブの少女。

 2人に向かって、波は押し寄せる。






 なんどでも、なんどでも、




 風に揺らされて、なんどでも。




 どんなに頑張っても、砂のすべてを飲み込むことはできない。




 それでも、なんどでも、なんどでも。




 風が止まる気配もなくても、




 この流れが変わる保証もなくても、




 なんどでも、なんどでも。

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