第20話 化け物ぬいぐるみ店の店主、お内裏様の人形を作る。

彼女だってあったのだ。子供らしいかわいさで、お内裏様を飾る時期が。




「あ、懐かしい」


 デパートの中、化け物ぬいぐるみ店の店主の妹“真理”が、ある商品の前で思わず声に出した。


 その商品は、赤いひな壇に並べられたひな人形。


 ひな壇はそこまで大きくなく、ひな人形も1番上のお内裏様だけだ。


 それでも、真理が懐かしさを覚えるには十分だった。




「最後に飾ったのは……小学6年のころだったかしら? それまで毎年ひな祭りの時は、お兄ちゃんと一緒にひな人形を飾っていたんだっけ……」

 まるでひとりの世界に入っているかのように、女性はひな人形に輝かせた目を向けていた。

「去年は特に思わなかったのに、改めて見ると懐かしいって思えちゃう……やっぱり、お兄ちゃんが外に出るようになったからかな」



 その時、真理が履いているチノパンが、後ろから誰かに引っ張られた。


「……?」


 振り返ると、そこにいたのはふたりの女の子。


 ふたりとも顔はうり二つで同じ背丈、年齢はそれぞれ小学低学年と思われる。双子だろうか。




「なんなの」

 真理の目には先ほどの輝きは失われており、まるでふたりの子供たちをうっとうしく思っているようだった。

 そんな彼女の目線に臆することもなく、双子は笑みを浮かべたままだった。

「お姉ちゃん、化け物ぬいぐるみ店のおじさんの娘でしょ?」「そうでしょ?」

「……それがどうしたの」

 真理は戸惑い、目線を逸らす。

「ねえ、ひな人形、作ってよ」「おじさんと約束したもん」

「そんな約束、私は聞いてないわよ」

 せがむ双子を突き放すように、真理はその場から立ち去ろうとした。


「お姉ちゃんのお兄ちゃん、“変異体”でしょ?」「背中から、腕、生えているよね」


 周りの人には聞こえないほどのひそひそ声で、双子はつぶやいた。


 その声に、真理の耳が動く。


「……」


「どうしようか……」「お姉ちゃんがダメっていったら、仕方ないかな……」


 双子は互いに顔を見合わせ、決心したようにうなずく。


 そして天井を見上げ、大きく口を開け……




「ちょっと待ちなさい!!」




 真理が大声を上げた。


 口を開けたままキョトンと目を丸くしている双子に対して、真理は慌てた口調で口を動かし始めた。

「べ、別にその約束、請け負わないって言ってないから! お、お兄ちゃんの許可なしで勝手に引き受けることが出来ないだけだから!」

 双子はその表情のままで互いに顔を見合わせ、笑みに顔を切り替え、うなずいた。


「それじゃあ、お兄ちゃんに合わせて」「私たちが、直接お願いしたいの」






 デパートから徒歩10分ほどの距離にある、化け物ぬいぐるみ店。


 奇妙な人形たちが飾られているガラスケースの横で、真理と双子が、玄関の扉を開いて入店した。






「……それは僕も聞いていないな」


 店の2階にある畳の部屋。

 そこで店主の“祐介”は、6本の腕を組んで正座をしていた。


「でも、ちゃんと言ってたよ」「ここのおじさんが、息子なら作ってくれるって」

 祐介と向かい合って、双子は足を伸ばしている。

「まあ、僕のお父さんは注文先でぬいぐるみを作ることもあるとは聞いたけど……お父さんが生きていたころの僕はぬいぐるみ作りの才能は皆無だったし……」


「というかあんたたち、私たちのお父さんから話を聞いたふうに言っているけど、どうしてお兄ちゃんが変異体になっていることを知ってんのよ?」

 祐介の横で正座していた真理が、双子にたずねる。

「だって、有名だもん」「変異体の注文をうけて、ぬいぐるみを作るでしょ」

 双子の答えに、祐介と真理は互いに顔を見合わせた。

「……確かに注文は受けたことはあるけど」

「まだ1回じゃなかったっけ?」

「ねえ、どうするの?」「引き受けてくれるの?」

 困惑するふたりに、双子は早く結論を聞きたそうに詰め寄ってくる。


「……まあ、いっか。約束していなくても、依頼には変わりないし」




 祐介が答えると、双子の嬉しい悲鳴が近所まで響いた。




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