小田領侵略防衛戦編

小田家、混乱する

「なぜだ!なぜ結城らが攻めてくるのだ!」


「そうでございます!我らとは同じ反北条ではありませぬか!」


 秀満が行芽から受け取った書状は、すぐに氏治に届けられて急ぎ評定が開かれた。


 早馬を飛ばし辺境の村々からの話を聞くと、どうもその動きは確かだということがわかり小田家は大混乱に陥ったのだった。


 こればかりは澄の進めていた道路の改革が、幸か不幸か役に立ってしまったのだった。


「皆様、新参者ですが申し上げます。我が小田家も、こうして急に勢力を鞍替えしては戦を繰り返したと聞きます」


「秀満!そうは申すが、こんなことが許されてならぬぞ!」


「そうじゃ!我らは関東管領上杉さまに属する家!その家に弓引くとは言語道断ぞ!」


「その関東管領上杉様に弓を引く北条に先日まで属していたのは、どこ家でございましょうか!」


 秀満のまっすぐな物言いに、表情の間はしんと静まり返った。


 彼らとて、自分たちが鞍替えを何度も行い戦を繰り返し、生きながら得てきたのはわかっていたのだ。


「大殿。行芽殿の書状と、各地からの早馬の情報を纏めますとかなりの大軍にございます。しかし同盟の佐竹本体は奥州棚倉、そこからさらに進んだと聞いております。援軍は期待できません」


 秀満が淡々と告げるのは、小田家にとっては絶望的な情報ばかりだった。


 大軍が迫り、期待していた佐竹からの援軍が見込めない。


 まさに、絶体絶命であった。


「長尾家は関東に到着したばかり。援軍は請えません。我々だけで迎え撃たねば、小田家は滅びましょう」


 長尾家が関東についたことは、先日小田家も情報として入手してある。


 しかし、長距離の行軍をしてきたばかりで小田家としても援軍は頼めない。


 さらに言えば、同盟を結んだわけでもないのだった。


「秀満そう簡単に言うな!関東管領に頼んで、停戦とかもできるやもしれんぞ」


「それは無理でしょう」


「な、なぜじゃ……?」


「これだけの大軍。上杉関東管領の命などなにするものぞという表れでしょう。結城、多賀谷だけならともかく、小山なぞ地方豪族も従っております」


 声を荒げた小田家の重臣と、怯え声の氏治に秀満は淡々と告げる。


 これだけの軍事行動を起こすということは、小田家が認めている上杉家を関東管領ともみなさない意思の表れだ。


 停戦を申し出たとしても、破り捨てられるのが関の山だった。


「つまり、わしらを遠慮なく潰すわけか……くそっ!」


 四天王の一人、平塚石見守が悔しそうに床にこぶしを突き立てた。


 小田家の戦線で数多く戦ってきた彼からすれば、今回の戦は厳しいことになるのを知っていたからだ。


「結城、多賀谷から見れば、小田家は幾度も争ってきた間柄。小田と同盟を結んでいる佐竹が奥州出兵していると知れば攻め込むには好機です。逃すはずがありません」


「ひ、秀満。どうすればよいのじゃ? 我らだけで戦うというも、敵は大軍だぞ……」


 氏治が及び腰になるのも、当然である。


 今までの戦なら当人の暴走などはあったものの、天羽と政貞という頼れる将がいた。

 しかし今回は、その二人を欠いているのだ。


 さらに、小田城奪回で見事な用兵を見せ、側近として彼を一年支えてきた澄の意識もまだ戻っていないのだ。


「私は用兵には不慣れでありますが、光秀さまより一つの助言をいただいております」


 秀満の言葉に、表情の間がざわついた。


 光秀は澄の用兵や軍の改革をわかりやすく皆に伝えていたため、軍略の際の信頼はある。


 政貞、天羽がいない今、彼らにとっては光明ともなるものであった。


「敵は大軍ですから、行軍は遅いもの。さりとて、小城の兵を出したところで多勢に無勢でございます」


「うむ……もっともだ。奇襲をかけたところで、返り討ちにあってしまう」


「城に誘導しようとも、大軍であればひとたまりもないな。小田城も完成してはおらぬ」


「はい。ですから、広い野に各家を集め陣を張るのです」


「陣だと?」


 首をかしげる諸将に、秀満は大きく頷いた。


「そうです、雫様が進めていた柵の作成を思い出してください。柵と畝で敵が容易に進めぬよう陣を作り、敵を耐えしのぐというものです」


「なるほど……平野に砦を作ろうというわけだな」


「確かに兵の訓練は進んでいて、柵も雫殿の数の倍はある。可能ではあろうな」


「敵も大軍となればそれだけ兵糧も必要でしょうが、彼らに準備の期間はなかったと思われます」


 秀満は淡々と、事実を告げる。


 行芽が事前に見聞きしていた範囲では、それほど急速にこの流れが結城方面にあったわけではない。


 となれば、備蓄していた兵糧や資材を導入したとなるがそれほどの寮ではないはずだ。


「こちらは荷駄隊のまとめによれば、小田家には一週間野戦を行うことができる兵糧がございます。野戦で耐えしのぐということであれば、可能であるというのが光秀さまの見通しでございます」


 急報を受けて、澄を看病しながら光秀が必死にまとめた策がこの作戦であった。


 大軍で行軍が遅いのならば、それを利用してこちらが野に簡易的な砦を作る時間はある。


 野戦でそこまでの兵糧を集められるほどの金銭的余裕が、他家にないことは承知の上。


 短期決戦を狙ってくるならば、こちらが耐えしのげば兵糧や物資の不足で敵が撤退するだろうというものだ。


「それしかないようだな……しかし、待ってくれ」


 氏治は大きく息をついた。


 此度の戦は、小田家の運命を大きく左右するものだ。


 彼一人で即断できるものでは、なかった。


「大殿、どのような策をとるか選択する時間はそれほどないと思われます。どうか、ご覚悟を」


 当然のごとく秀満の言葉に、氏治は即答できなかったのだった。

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