佐竹家同盟編
澄、氏治と約束の田植えをする
「澄、いい加減に機嫌を直せ」
「だって、だって……」
修復の進む小田城。
梅雨前の貴重な青空の下、あたしの横で氏治さまが少し困った顔をしていた。
先日まで敵方に奪われていた小田城を取り戻して、楽しみと言っていた領民たちとの田植を昨日終えた
もう、うっきうきの笑顔でいいはずなのに困り顔なのには理由がある。
「わしも少しやりすぎたとは思うが、あれは澄が悪いぞ?」
ぐさぁ!
槍で傷口をえぐらないでくださいよ、氏治様。
あたしだって悪かったと思って一晩中悩んでたし、反省してるんですからね。
「すみません」
「いや、怒ってるわけではないのじゃ。その曲ったへそを直してほしいと、頼んでおるのじゃが」
「それは、氏治さまが悪いんです!」
かちーん!
どの口が言うかなぁ?その原因を作ったのはどこの誰かなぁって、目の前にいるんだけどね!
グイッと詰め寄って、あたしは思いっきり氏治さまをにらむ。
とはいえ、氏治さまだけが悪いって言えないんだよね、この問題。
溜息をつきつつ、あたしの意識は昨日へと遡る。
* * *
小田城奪還戦の事後処理もひと段落して、あたしの心の傷も少し癒えたある日。
キラキラの快晴、絶好の田植え日和の空が頭上には広がっていた。
取り戻した小田領を、氏治さまの後ろを緊張しながらあたしは歩いていた、
「澄、いよいよじゃのぉ」
「はい!楽しみですね!」
すっごく嬉しそうな氏治さまの呼びかけに、同じような声で返す。
あたしは人生初の田植えの日を、迎えていた。
小田城奪還の時の『田植えを教える』って約束を、氏治さまが守ってくれた。
初めての田植えをするあたしのために、氏治さまが領民たちに声をかけて簡単そうなところを選んでくれたらしい。
毎年の領主の田植えに悩んでいたので、今回のことも渋る側近たちにはあたしが頭を下げた。
『実は奪還の褒美に、あたしに田植えを教える約束をしていたんです』
小田城奪還成功で、小田家の中で信頼を得ていたのかみんな苦笑いで許してくれた。
だけど、みんな揃いも揃って
『雫殿が、殿の悪影響を受けてしまわねばいいのですが』
って、若干頭を抱えていたけど。
確かにあたしは、小田家のみんなから見れば突然小田家に来た高家出身の女有能知将。
確かに、計略智眼とは言っているけど、あれはみんなを乗せるためだし自分がそこまでだって思ってない。
それに、高家出身っていうのもあたしの身を案じた貞政さまがでっち上げた嘘。
ほんとは、500年先ではありふれた女子高生なんだから。
今回の戦で功績を得たことで、小田家でもこそこそしなくてよくなった。
でも、変なイメージを持たれるのは嫌。
だから、今あたしが緊張しなくていいのは、あたしの素性を知っている氏治さま、貞政さま、天羽さまの前だけ。
特に氏治さまは、何だろう一緒にいて本当に『近所のお兄ちゃん』って感じがして、すごく気楽。
他の二人は軍略や武術、学問を教えてもらってるからやっぱり『先生』ってなっちゃうんだよね。
「手取り足取り、教えてやるからの」
「楽しみにしてますね」
考えてみれば、氏治さまとあたしはからかったり冗談も言ってしまって笑い合える仲なのは、ちょっと不思議だ。
身分も生れも全然違うのに、何かほんと変な気づかいが無用なんだよね。
今だって農作業に向いた服を着てるから、ほんと近所に野良仕事に行くような人にしか見えないし。
「でも、氏治さま」
「なんじゃ?」
「ふと、思い出したんですけどこの時代の田植えって女の人が歌とか歌いながら並んでやるものじゃないんですか?」
これはあたしが先日思い出したことなんだけど、以前は田植えっていうのはお仕事の無かった女性の大切なお仕事だったはず。
田植えのために他の地域に女性が派遣されるとか、そういうこともあったって何かで読んだ記憶もある。
しかもその時に着る服は、普段からは考えられないほどきれいな菅笠やたすきや服。
言っちゃえば、ハレの日の一大イベントなんだ。
「ああ、そうじゃ。澄も混ざるのじゃぞ」
「ああ、それは、えっと、善処します。じゃなくって、名族小田家の当主の氏治さまとは言え、頼んだからって男性だから簡単には出来ない気が」
「ああ、なんじゃその事か」
「え?」
「確かに田植えは、女子の晴れ舞台。そこに男が混ざるのは無粋というものじゃろうが、手が足りぬところもあってな。そこは、男衆で補わねばならんのよ」
「そうだったんですね」
主役は女性だけど、確かにそれだけってわけにはいかないかもしれない。
この時代の田んぼってみたところあたしの時代のようにきっちり四角じゃなくって、ほんの小さなポツンとしたのもある。
もしかしたら氏治さまが担当していたのも、そんな田んぼだったのかもしれない。
だったら、まぁ、やってたっていうのも納得がいくかな。
でも、ぐちゃぐちゃの田んぼってなんか作業が大変そう。
田植え機とかコンバインのような機械を使わないからいいのかもしれないけど、きっちり四角の方が管理も楽な気がする。
かなり後になるかもしれないけど、農地改革もやってみよう。
他にも何か見ただけだけど役に立ちそうな農具はあるし、今度、氏治さまにちょっと提案してみよう。
「澄、何か考えておるな」
「はい。あたしの知ってることで、何かお役立ちできることがあればなって」
「ほんと、澄は真面目過ぎるな。声色が、硬くなっておるぞ」
氏治さまに言われて、そうかなと思うけど最近思い当たる節がある。
天羽様たちにの授業も一回もサボってないし、戦後の事後処理も何度か倒れながらも無事完了。
一度決めたら投げ出さないのなんて当たり前だと思ったけど、これはどうやら真面目っていうのらしい。
今回の声色にことも『小田家の恩返しのために生きる』って決めてたからかもしれないし。
「今日は田植えの日じゃぞ、そんなこと忘れて楽しめばよい!」
「え?」
「祭りの場で澄が顔を固くしてたら、民が心配するぞ」
「はい……っ」
ぽんっとあたしの頭に、大きく頼りがいのある氏治さまの手が置かれると思わず心がふにゃっとなる。
前回の小田城のご褒美以来、どうやらあたしは氏治さまの『なでなで』にハマってしまったらしい。
たぶん、本当にたぶんだけどあたしはずっとこうされたかったのかもしれない。
前の時代では褒められもしないし、褒められたとしても「何か裏があるんじゃ」って思ってた。
でも、小学校や幼稚園の時、褒められて頭を撫でられる友達が本当に羨ましかった。
そのまま育って高校生になったけど、そうなると誰も頭なんて撫でてくれることなんてない訳で。
今はみんなが認めてくれて、氏治さまはこうして頭を撫でてくれるのが素直に喜べた。
「澄、今日は楽しもうな」
「はいっ!」
こんな感じに田植えに向かったんだけれど、田植えはそんなに甘くなかった。
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