澄、倒れる

 本陣を引き払い、あたしは彦九郎さんと一緒に小田城門前に立っていた。


 戦が無事に勝利で終わったので土浦城に帰るのではなく、取り返した小田城に入ることになった。


「では、参りましょう。もう、見回りも済んでおりますから安心してください」


「はい」


 彦九郎さんに促されて、あたしは下馬して城内へと入る。


 板張り壁には無数の矢が刺さり、中には半ばからぽっきりと折れたものもたくさんある。


 ここでさっきまで戦が行われていたんだっていうのが、嫌でも伝わってきた。


 土にも矢が何本も刺さっていることから、本当に城方の抵抗が激しかったらしい。


 小田城は平城で、塀のところの盛り土が高い。


 各所を高い盛り土と塀で仕切ってあるので、相手側は狭い通路に集まった城攻め側を攻撃しやすかったのかもしれない。


 奇襲ということで兵数が少ないだろうから、落ちついて耐えしのげば撤退する。


 もしかしたら、そんな判断をしてありったけの物資で小田城を守ろうとしたのかも。


 それと、挟撃の混乱の中こちらの兵の数を把握できていなかったのかもしれない。


 一歩一歩城内を歩くたびに城内の様子を目の当たりにすると、今回の戦いの激しさが分かってくる。


 相当の抵抗でなければ、平塚さまが負傷するなんてなかったはず。


 部隊の将なのだから、本来なら後方から指揮に当たっているのになんで?って思ってた。


 想像になっちゃうけど城方の抵抗が激しくて、部隊を鼓舞するために前の方に出て槍を振るっているところで負傷したとしたら納得できる。


 その平塚さまだけれど、命に別状はないらしい。


 ただ、しばらくは槍が振るえない負傷だから戦には加われないということがあたしには伝わってきていた。


 予想できなかったと言えばそれまでだけれど、この負傷はあたしの責任。


 あとで、頭を下げに行かないと。


 ――でも、小田城ってそんなに重要拠点なのかな?


 歴史が好きと言っても、お城や勢力のことを全て把握しているわけじゃない。


 小田城は、関東平野の湿地帯に浮かぶ小さな平城。


 あたしにはどうも、佐竹や多賀谷、結城などが必死で取り合う拠点にはどうも思えなかった。


 確かに穀倉地帯みたいで、占領すれば米はとれるようになるかもしれない。


 けど小田家を潰してまでとか、懐柔してまでっていうのがどうもわからない。


 あたしの知っていた氏治さまは、ここ小田城を何度もしつこいくらい取り戻している。


 愛着や執念もあるだろうけど、奪回には他家の援助もあった。


 それは、他家にとっても小田城は重要な拠点だったって事を示している気がする。


 だけど、今のあたしには理由が分からない。


 今の小田家がこのお城を守っていくためには、なぜ小田城を他家が取りあうのかってことを知っておかないとダメそう。


 ――佐竹と、会談が出来ればいいんだけど。


 小田家の石高はそんなに高くなくって、独立したままこの戦国を生き抜くのは無理。


 当然隣合っている家と”上手く”ご近所付き合いすることも必要。


 実施、あたしの知っていた小田家はこのご近所づきあいで失敗して領地を失うことになってしまう。

 

 歴史上常陸を統一することになる佐竹家との関係をよくしていくことは、小田家の今後に関わる重大な課題だ。

 

 でも、不安はある。


 会談や同盟や条約ってなるとあたしだけじゃなくて、氏治さまにも来てもらわないといけない。


 確か、自分のせいで画諸国と関係が悪くなったって言ってたもんな、あの人。


「取り戻せて、よかったですね」


「そうですね。これで、少しだけ荷が下りました」


「初陣これだけの成果とは、殿もお喜びになりましょう」


「は、は……ひっ!?」


 きょろきょろと見渡していると、何やらこんもり積まれた山にあたしの目はくぎ付けになった。


 ただの使われた物資の山なら、そんなことになるはずない。


 だけど、その山は人だった。


 明らかに、人が何人も折り重なっている山。


「あ、あの、あ、え、彦、九郎、さん、あ、あれ……」


「ああ、今回の戦で亡くなった者たちですな。あとで、当家城方関わらず丁重に埋葬しなければなりませんな」


 彦九郎さんにとっては当たり前のことかもしれないけど、あたしにとっては人間の死体なんて見る事なんてない。


 祖父母もまだ健在だったから、お葬式でっていうのも記憶にない。


 交通事故で目の前でとか、目の前で自殺がなんてこともない。


 あたしの時代で目の前で死体を見たら、トラウマでしばらく何もできなくなるのが当たり前。


 戦国時代だし、戦場だから見ることがあるかもってのは頭にはあった。


 でも実際に見た衝撃は、想像を絶していた。


 膝から力が抜けその場に蹲ると、体の中にあったものが全部吐き出された。


 それでも足らず、胃は空っぽのはずなのに液体が口からあふれ出す。


 ――あたしが、殺したんだ。そうだ、この人たちをあたしが殺したんだ。


 死体を初めて見た衝撃と、自分がこの戦で采配を振るったという現実が繋がるともうダメだった。


 あたしがこの人たちを、殺してしまった。


 城方だったら、生きていればもうすぐ来る田植で家に帰れたかもしれない。


 そうすれば、久しぶりに家族に会えたかもしれない未来があったはず。


 当家だったら、あたしの出発前の演説を聞いていたはず。


 もしかしたら、出陣の前あたしの準備を手伝ってくれた人かもしれない。


 その為に、無理をしちゃってこうして死んじゃったのかもしれない。


 ――殺したんだ。あたしが、あたしは安全な所にいて、それで震えていた間にこの人たちを殺したんだ!きっとあたしのこと恨んでる、そうだ、そうに決まってる!


「澄殿?どうされました?」


「うあああああああああああああっ!」


 彦九郎さんの声がスイッチだったかのように、あたしの中から激しい慟哭があふれ出した。


 みんな、こんなに人が死んだって思ってる!


 この人たちを殺したのは、あたしなんだ!


 きっと恨んでる、あたしのことを殺したいくらい恨んでる。


 どうすればいいの?どうすれば、あたしが命を奪ったこの人たちに許してもらえるの?


 違う、許されるはずなんてない!


 命を奪ったことは、どんなことがあっても許されないんだ!


 負の連鎖は、あたしをあっさりと飲み込んだ。


「だ、誰かおらぬか!澄殿をどこかに!」


 驚いた彦九郎さんの声を最後に、意識はこの現実をから逃げるようにぷっつりと途切れた。

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