僕と魔物と親友と

惟風

「……でさ、そこで僕はルミちゃんにバラを差し出してこう言うんだ。『人生はパルプンテのようだ。何が起こるかなんて、誰にもわからない』って」

「ちょっと待ってちょっと待って、ぱる……何て?」


 ずっとウンウンと話を聞いてくれていたたくみが、いきなりさえぎって僕に言った。


「話の腰折るなよ! あ、そっか匠はゲームはシューティングしかしないんだっけ? ドラゴンクエストってRPGゲームに『パルプンテ』って呪文があるんだよ。唱えるまで何が起きるかわかんないの。敵を即死させることもあれば味方を回復させることもあるし、敵味方全員が混乱状態になって戦況がめちゃくちゃになることもある」


「告白する時にゲームの呪文出してくるのダサいと思う、せめて映画とか小説の名言引用するとかさあ」


「いやいや、ルミちゃんドラクエ好きって言ってたし、イケると思うんだ。『私と趣味が同じなのね、素敵♡』って」


「そうか? そうなるかなあ……?」


 匠は納得いかないという様子で首を傾げる。長い睫毛が瞬きする度に揺れている。

「でさ、『何が起こるかわからない人生だけど、この先何が起きてもきっと貴女を幸せにします!』って」


「それはもうプロポーズなんだよなあ」


 放課後、公園のベンチで僕は親友の津久野つくのたくみに恋の相談をしていた。告白のシミュレーションに付き合ってもらっていたのだ。立っているだけで老若男女に好かれる美形の匠と違って、地味で目立たない僕は、インパクトのある告白をしたいと思っていた。

 ヒートアップしすぎていたからか、さっきまで子供達で賑わっていた公園内に人気ひとけが無くなっていて静かになっていること、おかしな雰囲気の女性が近づいてきていたことに全然気づいていなかった。


「私、キレイ?」


 マスクをした長い髪の女性が、地の底から響くような声で聞いてきた。

 僕は驚きと恐怖が同時にやってきて、その場から動けなくなってしまった。怖いのに、女性から目を離すことができない。隣にいる匠も似たようなもんだ。ブルブルと震えているのが見なくてもわかる。


「え……あ……き、きれい、です……」


 匠のかすれた声は、びゅうと吹き抜けていく風にすぐにかき消されてしまった。

 女がゆっくりとマスクを取る。耳まで避けた赤い口の中は、真っ黒ながらんどうだった。


「これでも」

「こんにちは! 僕の名前は山田太一やまだたいち! 身長168.3cm体重60kgだいたい平均的な体格のどこにでもいる16歳高校生です目も鼻も口も我ながら平凡としか言いようがない大きさと位置取りで中学生の時につけられたあだ名は『モブ』もちろん学校の成績も真ん中くらいでも運動神経はちょっと悪くて走るのは遅いですクラスで下から三番目くらいお気づきのように恋人できたことありませんちなみに好きなタイプは家庭的な人好きな食べ物は唐揚げ全くもって特別なところの無い僕の目から見て!」


 息を整えるために一度言葉を切った。


「すごく! 個性的で! 素敵だと思います!」


 言い終わるやいなや一目散にその場を逃げ出した。

 ちなみに匠は「ポマード!」と叫びながらとっくに逃げていたし僕より足が速いからもう見えなくなっていた。


「こ、ここまで来れば……」

 先にバテてコンビニ前に座り込んでいた匠に追いつき、僕は隣に腰を降ろした。気づけば大きな交差点まで来ていた。人通りが多くてホッとする。


「あいつ、けたの?」


 顔に貼り付いた髪をかき揚げながら、匠が聞いてきた。白い肌から汗が滴り落ちている。

「たぶん大丈夫だと思う、もう嫌な気配しないし……」


「さすが太一! やるじゃん」


 嬉しそうに僕の肩をバシンと叩いた。顔をくしゃくしゃにして笑う匠は、僕の視界に映る他のどんなものよりも綺麗だった。


 口裂け女を怯ませるために述べた口上は、おおむね真実だ。そう、概ね。少しだけ嘘がある。

 僕は一見すると、外見も中身も「凡庸」としか言いようのない男子高校生だ。でも実は、他の人にはあまりない変わった能力がある。

 この世ならざるモノが見えたりそれに干渉したりできる……霊感って言えば良いのかな、とにかくそういうチカラ。

 あまりない、ていうぼやけた表現をしたのは、今隣で汗だくでヘトヘトになっている親友も、同じチカラを持っているから。

 親友で幼馴染みの津久野匠。

 178cmを超えた身長はまだまだ伸びていて、体重は詳しくは知らないけど細身で、脚は長いだけじゃなく形も良い。八頭身だかなんだか、とにかくスタイルの良い身体に、これまた神々しいまでに整った顔がついている。

 絹糸みたいにサラサラな髪、瞳の色は黒いのにいつもキラキラと光が宿っていて暗さがなくて、高く通った鼻筋、少し薄い唇は今は走った後だからか紅くて、しっとりとしている。

 僕はきっと神様ってのはいると思う、そしてその神様はえこひいきだ。だって匠はこんなにも容姿に恵まれているのに、その上学校の成績まで良くて、運動神経も抜群だから。匠は神様に愛された奴なんだと思う。

 でも、あまりにも完璧すぎると他の人間達に悪いから、僕と同じチカラを授けられたんじゃないかな。

 霊感。才能と言えば聞こえは良いけど、見なくても良いオバケだか妖怪だかが見えてしまう、余計なチカラ。

 嬉しくないことに、この霊感だけは僕の方が匠よりも強かった。そのせいなのか、やたらと僕にだけ向こうから寄ってくる。生きた人間はむしろ僕をけていくのに。本当に嬉しくない。

 町を歩けば人面犬にションベンをひっかけられ、学校に忘れ物を取りに行けば花子さんに女子トイレに連れ込まれそうになる。

 霊感のない人でも妖怪達が近くにいると悪い影響は受けるらしく「モブに近づくと体調が悪くなる」という噂が広まっていて、周囲の人は僕に近づいてこない。気味悪がられるばかりのこの能力は完全に負の才能だ。心霊番組でやってるみたいに呪文を唱えて悪霊退治、みたいな誰かの助けになるようなことができるわけでもないし。助けどころかむしろ……僕の左腕には

「はー、走ったら腹減った。ラーメン食べて帰ろうぜ」


 匠が立ち上がって伸びをした。思考が途切れて我に返る。


「え、でも僕もう今月お小遣い無いから……」


「マジで? じゃ、今のおとりになってくれたお礼に奢るって」


 にひひ、と匠はイタズラっぽく笑った。世が世ならこの笑顔で国が傾くなという思いと、あ、やっぱりさっき僕のこと見捨てたんだ、という思いが同時に湧き上がってきた。





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