同じ夏を繰り返す。

蒼猫

第1話

 

 ピピピ、ピピピ、と、耳元の近くで目覚まし時計の音がする。起きてすぐで目が開かない。手探りで目覚ましを探してスイッチを押して音を止める。

 少しして、勢いよくベッドから飛び降りる。今日は8月31日。夏休み最終日だ。

 今日は、最近仲良くなった男の子と遊ぶ約束をしているのだ。最終日は目一杯遊ぶと前々から決めていた。そのために、苦手な宿題や自由研究も日記だって欠かさず書いて終わらせた。


 時計が9時10分を指している。男の子とは10時から遊ぶ約束だ。気合いを入れすぎてしまって後50分も時間がある。

 10時まで特に何もすることがない、が何だかとってもワクワクしている。

 鼻歌を歌い出しそうな勢いで、自分の部屋から階段をおりる。洗面台で顔を洗うとスッキリして気分がいい。


 リビングに行くとお母さんが朝ご飯を用意してくれている。トーストにベーコンエッグ、それとヨーグルト。全部私が大好きな食べ物だ。

 思わず頬が緩む。お母さんが私を見てにっこりと微笑む。


「今日は遊ぶ約束をしているんでしょ?あまり遅くならないようにね。」


 楽しんでおいで、と言う。それに対して私は元気よく


「うん!」


 と頷いた。


 朝ご飯を食べ終わって部屋に戻る。服を着替えて、寝癖がないかを確認する。

 時間はいつの間にか9時40分になっている。家から駄菓子屋まではすぐそこで、5分もあればついてしまう。今日は早く行って男の子を待っていてあげよう。そう思って玄関に向かう。

 靴を履いていると、お母さんが私に話しかける。


「これ、持っていきなさい。」


 そういってがま口の財布を渡される。私はパッと目を輝かせる。お小遣いだ。満面の笑みでお母さんに、ありがとう、と言った。お母さんもにっこりと笑っている。


「じゃあ、行ってきます!」


 玄関の扉を開ける。後ろからお母さんが行ってらっしゃい、気をつけてねと言っているのが聞こえる。




 駄菓子屋につく。駄菓子屋の外にあるベンチには男の子が座っている。男の子はボーッと遠くを見つめている。

 私には気づいていないようだ。

 おーい!と声を上げて男の子に向けて手を振る。男の子がこちらを向いて笑いながら手を振り返す。

 流石に気づいてくれた。私は小走りで男の子の方へ向かう。

 近くによって、おはよう、と言うと男の子もおはよう、と返してくれる。


 男の子が座っているベンチの隣にある冷凍ショーケースが目に入る。アイスが食べたい。

 お母さんに貰ったお小遣いがある。でも、飲み物とか飲みたくなってしまった時にお金が足りなくなるのはやだな。


 じりっと太陽が照りつけて、私の額に汗が流れる。8月の最後とは言ってもまだまだ暑い。

 ふと思う。男の子は私よりも先に此処に来ていたし、それに、外で待っていた。何時からまっていたのかは分からないが、ずっと暑さに耐えていたのではないだろうか。

 待ってくれてたんだから、そのお礼として男の子にアイスをあげよう。うん。それがいい。決して私が食べたいだけ、とかではない。


 冷凍ショーケースから棒のアイスを二本とって、駄菓子屋の中に入っていく。

 部屋の中はエアコンが効いてて涼しい。もう一度外に出るのが嫌になるな。


 レジにいるおばあちゃんにアイスを渡してお金を払う。支払いが済んで、おばあちゃんにありがとう、と言いながら外に出る。


 男の子は扉の前で、駄菓子屋から私が出てくるのを待っていた。

 部屋の中は涼しいから、外で待ってないで駄菓子屋に入れば良かったのに、と思ったが、声には出さない。

 きっと、男の子は何も買わないから入るのを躊躇ったんだろうと考え直す。


「アイスあげる。待ってくれてたから、お礼に。」


 そう言って男の子にアイスを渡す。男の子が受け取ってくれたのを見て、自分のアイスに目をうつす。

 袋を開けてアイスを取り出す。長方形で水色のアイスを口に運ぶ。

 口の中にひんやりとした感覚とソーダの味が口いっぱいに広がってとっても美味しい。


 チラッと男の子の方を見る。袋を開けるのに苦戦してたのか袋の縁が伸びきっている。やっと取り出せたであろうアイスを口に運んでいる。恐る恐るといった表現が似合うような食べ方だ。

 メジャーなアイスを選んだつもりだったが、食べたことがないアイスだったのだろうか。


「ん……!」


 そう声を漏らして、目を見開いている。その後シャクッとアイスを噛む音が聞こえる。男の子は噛む度驚いたような顔をしている。


 男の子が嬉しそうにアイスを食べている姿を見ていると、指先に冷たい感覚がした。アイスが溶けてきていたようだ。慌ててアイスを口に含む。

 私が慌てていたのを見ていたのか、男の子がこちらを見て笑っている。そんなに笑わなくても、と一瞬ムッとしてしまう。でもすぐに、男の子の笑い声につられて私も笑ってしまっていた。


「……! 当たりだ!」


 まだ、半分ほどアイスが残っているけれど、棒からは当たりの文字が見えている。

 まだ、喜びを残したまま男の子の方に目をやる。

 男の子はアイスの棒をじっと見つめている。

 棒には、ハズレの文字が書いてある。自分だけ、当たって喜んでいて、なんとも言えない気分なる。


「ハズレちゃったね。」


 苦し紛れで出た言葉だったが、頑張って明るく言った。


「うん。ハズレた。」


 そう、男の子がへらっと笑ったのを見て少しホッとする。当たりハズレを気にしていたのは自分だけだったみたいだ。


「今日は何して遊ぶ?」


 男の子の質問に、少し残っているアイスを頬張りながら考える。何して遊ぼうか。虫取りでもいいし、公園に行って遊ぶのもいい。鬼ごっこは2人だけだとつまらないかもしれない。

 そういえば、いつも遊びを提案するのは私だ。私が遊ぼうと言ったものを男の子は文句も言わず楽しそうにするから気にしていなかった。

 そうだ、今日は男の子がしたいことをしよう。好きな遊びも知りたいし。


「何か好きな遊びある?」


 質問に質問で返す。なんにもなければ私がまた考えればいい話だ。

 んー、と言いながら男の子は考えている。何か思いついたのか、パッと顔を明るくする。


「隠れんぼしたい!」




「じゃ、10秒数えるね。」


 そう言って目を瞑る。タッタッタッと男の子が走り去っていく音が聞こえる。1、2、と声を出して数を数える。


「もういいかーい?」


 と声を大きくして言う。まーだだよ。と近い場所から声が聞こえる。

 少し待って、もう一度、もういいかい、と言うと、さっきよりも遠い位置から、もういいよ、と聞こえた。

 目を開けて辺りを見渡す。2人だけだからあまり遠くに行ってしまっては見付けづらいから、という理由で場所は神社だ。稲荷神社というらしい。

 森が近くにあって、茂みの奥には行ってはいけないルールだから建物を一周回れば見つけられるはずだ。

 柱の裏や木の影を一個一個確認していく。

 半周する辺りで建物の影に座っている男の子を見つけた。


「みっーつけた!」


 そう言って男の子の肩を軽くタッチする。

 男の子が、見つかちゃった、と言ってこちらをみて笑う。


「次は、僕が鬼ね。」


 そう言って鳥居の方に移動する。男の子が目を伏せると1、2、と数え始めた。

 どこに隠れようかな。

 範囲も狭いし、2人だけだから鬼を交代して遊ぶ。


 数回やった後、隠れたことない場所が無くなってきて、隠れんぼを辞めて、石段の上に座って休む。

 男の子と他愛もない話をして過ごしているうちに空は赤みを帯び始めていた。

 上を見上げてふと思う。今日が終われば明日から学校だ。

 そうすると、この男の子と”今日まで”しか遊べない。

 この夏休みずっとこの子と遊んでいたから、なんだか寂しいような悲しいような気分になる。私は


「今日が終わらなきゃいいのに。」


 そう小さく呟いた。


 男の子も名残惜しく思ってくれていたらいいな、と思いチラッと隣にいる男の子を見る。

 男の子はじっとこちらを見ていた。真っ黒な目が動くことなく私を捉えている。

 思わず瞬きをする。

 もう一度男の子を見る。男の子は無邪気な笑顔で


「そうだね。」


 と私に笑いかけていた。


 しばらくして、本格的に日が暮れてきた。そろそろ帰らないとお母さんに怒られてしまう。

 今日はずっと楽しかったのに何だか胸の辺りがもやっとした。

 男の子に帰ることを伝えて神社の下でお別れする。バイバイと、お互いが見えなくなるまで手を振った。





 ピピピ、ピピピ、と耳元の近くで目覚まし時計が鳴る。うぅ、と唸った後に手探りで目覚まし時計を止める。

 ゆっくりと起き上がって目を擦る。時計を見ると9時10分を指していた。

 思わずえ、と声をあげてしまう。


 時間の隣に書かれている日にちが8月31日になっている。31日は昨日のはず。不思議に思ったが、目覚まし時計が壊れてしまったのだろうか。日にちだけじゃなく、7時に設定したアラームも9時に鳴ってた。

 本当に壊れてしまったのかもしれない。はぁとため息をつく。

 もう完全に学校に遅刻している。これだけ遅刻してるならゆっくり行こうかとぼんやり考える。

 始業式から遅刻。怒られる事を考えると少し憂鬱だ。

 壊れた時計を持って階段をおりて、リビングに行く。


「お母さん、目覚まし時計壊れてる。」


 そう言って机に目覚まし時計を置いてイスに座ると、お母さんがこっちに来て時計を手に取る。

 お母さんが時計を確認しているのを見て、私はテーブルに置かれた朝ご飯に目を落とした。トーストにベーコンエッグ、それとヨーグルト。

 今日の朝ご飯、昨日と同じだ。朝ご飯なのだからレパートリーはあまりなく、毎日食べるのだから内容は似たり寄ったりだ。でも、昨日と全部一緒、なんてことなかった。お母さん、疲れてるのかな。


「時計壊れてないじゃない。」


 そう言って時計を私の近くに置く。箸を持ったまま固まる。お母さんが言ったことに困惑して、え?。そんなわけないじゃん。なんで? 頭の中にはそんな言葉しか浮かんでこない。

 ふと、今日の天気は〜…とテレビから音が聞こえた。テレビの方を見る、ニュース番組の右上に今日の日付がある。


 8月31日

 その文字がやけに大きく見えた。


「今日は遊ぶ約束をしているんでしょ?あまり遅くならないようにね。」


 楽しんでおいで。お母さんのその言葉で我に返る。


「うん。ご馳走様。」


 と言って部屋に戻る。

 昨日のは夢だったのだろうか。そう思ったけれど、昨日の事を夢だと納得することは出来なかった。日差しの暑さ、アイスの味、手の感触、蝉やあの子の声。全てが本物だった。

 何が起こっているのか何も分からない。はぁ、とため息をついた後、服を着替え始める。

 何が起こっているんだろう。考えていたいけれど、家でじっとできない、31日はあの子と遊ぶ約束をしている。このまま遊びに行かないのもあの子に申し訳ない。

 玄関で靴を履き替えていると、後ろからお母さんの声がした。


「これ、持っていきなさい。」


 そう言ってがま口の財布を渡される。お小遣いだ。お母さんに、ありがとうと言って受け取る。きっと、ぎこちない笑みになっているんだろうなと思う。


「行ってきます。」


 玄関の扉を開ける。後ろからお母さんが、行ってらっしゃい、気をつけてね、と言っているのが聞こえた。





 じりじりと太陽が照りつける。額に流れる汗は暑さだけが原因ではないのだろう。ずっと心臓の辺りがザワザワとしている。

 あの子は私より先にあの駄菓子屋の前にいるのだろうか。近いはずの駄菓子屋が、今はとても遠く感じる。

 しばらくして、駄菓子屋が見えてきた。外のベンチを見る。男の子が座っている。昨日と同じく男の子はボーッと遠くを見ていた。

 私には気づいていないようだ。


 すぐには声をかけずに近くまで寄ってみる。ベンチの隣まで行く。特に足音を殺していた訳では無いのに、男の子は気付く気配が全くない。ただ、ちょっと遠くをボーッと眺めているだけだ。

 そっと、おはよう、と声をかけてみる。

 男の子が少し体を揺らして、こちらを見る。その後、おはようと返してくれる。

 少しの間何も無い時間が流れる。どう話せばいいのか分からなかった。

 男の子がベンチから立って、私の方を向く。


「今日は何して遊ぶ?」


 そう男の子が言っている。

 昨日のことを繰り返しているみたいだと思う。今日の目覚まし時計、朝食、お母さんと男の子の言動、昨日とほとんど一緒だ。


「何か好きな遊びある?」


 かくれんぼだろうなと思いながら質問を質問で返す。

 んー、と声を出しながら男の子は何がいいか考えている。しばらくして、何か思いついたように明るい顔をしてこちらを見る。


「森に行こう!」


 予想外の返答に一瞬硬直する。昨日と違う遊びだ。

 男の子がどうしたの?と顔を覗き込む。慌ててなんでもないよ、と笑ってみせる。

 昨日はかくれんぼだったのに。

 男の子が私の腕を掴んで歩き出す。森の方に向かうらしい。

 昨日と違うことをしたからなのかもしれない、なんてうっすら考える。


 森を2人で散策する。普段なら虫を捕まえてみたり、 花を摘んだりするのだろうが、今はそんな気分じゃなかった。男の子が通りかかった植物を指さして、植物について説明している。

 この葉っぱは傷が良く治るようになるのだとか、この花は毒があるって危ないのだとか。その話も右から左に流れていく。ずっともやもやして落ち着かない。


 ざっと回り終えたのか、男の子が神社のある方の道に出て歩き始める。私は、その後ろをついて一緒に歩く。

 神社につく頃には日が傾き始めていた。夕暮れではないけれど、今日はもう帰ろう。

 早く1人になって昨日と今日の事をちゃんと考えたい。考えたところで何も答えが見つからないと分かってはいるけれど。


「疲れちゃったから、今日はもう帰るね。」


 そう言ってバイバイと手を振ってみる。男の子は寂しそうな表情をした後、バイバイと手を振り返す。

 私は真っ直ぐ家の方に向かって歩く。前は男の子が見えなくなるまで手を振ったりしていたが、今はなんだか振り返るのがとても怖く感じた。

 決してゆっくりにならず早足過ぎない速度で、急いで家へと帰る。

 少し後ろから男の子が、またね、と言っているのが聞こえた気がした。





 ピピピ、と耳の近くで目覚まし時計がなる。音を止めたあと、勢いよく起き上がって、目覚まし時計を手に取り、日付けを確認する。

 8月31日。目の前がぐにゃりと歪むような感覚。意味が分からない。

 階段を降りてリビングに向かう、本当に目覚まし時計が壊れているだけかもしれないという僅かな期待を抱えて。

 テーブルの上の朝ご飯はトーストにベーコンエッグそれにヨーグルト。昨日と同じで、何も変わってない。テレビには8月31日のニュースが流れている。


「今日は遊ぶ約束をしているんでしょ?あまり遅くならないようにね。」


 お母さんは昨日と同じ事を言っている。

 きっと、あの男の子は駄菓子屋のベンチに座って私を待っているのだろう。でも遊ぶ気にはなれない。

 お母さんに曖昧な返事をして、部屋に戻る。

 男の子には申し訳ないけれど、今日は遊びに行かないで部屋に閉じこもっていよう。きっと、明日には全て戻ってる。


 ピンポーンとインターホンがなる音が聞こえて、目を覚ます。ベッドに横になっている間に寝てしまっていたようだ。眠い目を擦って起き上がる。

 またピンポーンと音が鳴る。家の中から返事がない。お母さんいないのかな。

 もう一度音が鳴る。仕方ない、とため息をついてゆっくりと起き上がって玄関の方へ向かう。

 ドアノブに手をかけてギッと音を立てながらドアを開ける。はーい、と言いながら目線を上げる。

 そこには男の子がいた。息が詰まる感覚がする。上手く呼吸ができない。


「おはよう」


 男の子がそうこちらに向かって言葉を発する。

 喉から声が出てこない。どうしよう。家まで来るとは思っていなかった。


「ごめ、ん。寝てた。」


 そう頑張って声を絞り出す。男の子は、そっか仕方ないね、なんて言って笑っているが、私には全然笑っているようには見えなかった。

 目の前にいるのは私もよく知っている男の子なのに、まるで別人みたいだ。よく分からない恐怖が襲ってくる。

 一旦部屋に戻って遊ぶ為に着替える。家までこられてしまっては今日は遊びたくないなんて言えなかった。

 再びドアを開けて外に出る。玄関の先で男

の子が立っていた。



 ふと空を見上げるともう日が傾き始めていた。

 今日一日中、なにも集中できなかった。なにして遊んだいたのかもよく覚えていない。

 ただ、今の状況が不可思議で不気味で、早く家帰って寝たかった。朝起きて9月になっていて、あぁやっぱり全てが夢だったんだと安心したい。その気持ちだけがそこにあった。

 家に帰らないといけない時間になって、やっとだと安堵する。

 帰るねと伝えて手を振って家に向かって歩く。


「またね」


 そう言う男の子の声が今度はハッキリ聞こえた。




 ピピピ、ピピピ、と鳴る目覚まし時計を強めに押して音を止める。日付けを確認する。8月31日。

 ゴトッっと目覚まし時計が床に落ちる。叫び出したかった。心臓がうるさい。なんで、何がどうなっているのか分からない。

 洗面所に向かう。水で顔を洗う。水の冷たさが段々と気持ちを落ちつかけてくれるような気がする。

 私はあの男の子から逃げないと行けないような気がする。つよい恐怖を覚える。あの子の目を見ていると何処かに連れ去られそうな、引き込まれていくような恐怖。


 部屋に戻って服を着替える。駄菓子屋にはあの子がいるし、家にいてもあの子は私の家に来る。逃げ道は外しかない。どこかに日が暮れるまで隠れていよう。

 玄関を開けて外に出る。そうして、隠れられる場所に向かって走る。駄菓子屋の前を通らないように少し遠回りをして。

 息が乱れる、約束の時間になる前に何処かに身を潜めなければ。


 ついた場所は神社だ。乱れる息をなんとか整えて階段を登る。そろそろ待ち合わせの時間になりそうだ。

 鳥居をくぐって、少し奥にある石像の裏に隠れる。

 座り込んで、深呼吸をして心を落ち着かせる。大丈夫、大丈夫。このまま日が暮れるのを待とう。

 何十分か経った辺りで、だんだんと眠くなってくる。

 少しくらい眠っても大丈夫。そう思って目を瞑る。




 ゆっくりと目を開けて、体を起こす。まだぼんやりしてる目で周りをみると外は茜色に染まっていた。

 少し寝るつもりだったはずが、夕暮れまで寝ていたみたいだ。最近寝てしまうこと多いな、なんてうっすら考える。

 そろそろあの子も帰るはずの時間だ、もう大丈夫だ。

 家に帰ろうと立ち上がろうとした時、コツコツと誰かが階段を登る音が聞こえた。

 咄嗟にしゃがみこんで口を抑えて息を潜める。大丈夫、あの子じゃないはず。でもあの子だったらと、考える。心臓がドクドク脈打っているのがわかる。心臓の音が聞こえてしまわないか不安だ。

 足音がだんだん近ずいてくる。ぐっと体を縮こめる。汗が止まらない。どうしよう、どうしよう、その言葉がずっと頭の中をぐるぐると回っている。

 ふと、私が隠れている石像の近くで足音が止まる。私は、足音が止まった方をゆっくりと見上げる。


「みーつけた。」


 私がそちらを見ると同時に、目の前に立っている男の子がそう言った。全身、内部から逆撫でされたような気持ち悪さが襲う。

 かくれんぼするなら、そう言ってよ、なんて言いながら男の子はケラケラ笑っている。


「ほら、立って。次は小夜が鬼だよ。」


 そう言って男の子が手を差し出す。この手は掴んでは駄目だと全神経が警告している。でも、私の手は目の前の手を掴もうとしている。

 嫌だ、怖い、そう思っていても、ゆっくりと動く手は止まらない。


「……う、ん」


 男の子の手を掴むと同時に、掠れた声が私の口からこぼれる。

 ぐっと引っ張られその場に立ち上がる。

 男の子は私を見てにっこりと笑っている。


 ふと思う。私の名前、どうして知っているんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

同じ夏を繰り返す。 蒼猫 @aiiro_4685

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ