第4話 不二くんは、振り回される#3
「ふ~ん。ま、どうでもいいけど」
「どうでもいいのかよ」
俺と優は本屋と同じ階にあったカフェに入った。学生向けではない雰囲気を醸し出しているだけあり、周りの客は大概が中年女性ばかりであった。
コーヒー一つ注文するだけでも三百五十円と値が張る。まぁ施設代といったところだろうか。そのため俺は一番安いアイスコーヒーを注文した。優はキャラメルなんとかラテとやらという横文字が並んだものを注文していた。普段はこういったところに出向かないので、やや肩身が狭い。
俺たちは店内のお洒落なジャズミュージックに合わない内容の会話を繰り広げていた。
「優、俺は決してそっち系の人間ではないからな」
「ふーん。あ、もしかして海斗とか好きなの?」
「おいお前。全然誤解が解けていないな!」
「百合が好きって言っていたのはなに?フェイク?」
「何のフェイクだよ!」
全くなんでこんなことになってしまったんだ。他のどんなジャンルが好きなのがバレても構わないが、よりにもよってBLが好きなことがバレてしまうとは。いやいや、BL別に好きじゃなかったわ。なんでこんなこと考えてしまっているのだ。それもこれも————
「黒木のせいでこんなことに……はっ⁉」
「黒木さんがなんだって~?」
優がにやけた顔でこちらを見ていた。目の色が変わっている。こわい。
「——今日は静かな日だな。耳を澄ませば地球の回転する音まで聞こえそうだ」
「なんかそれ聞いたことある……じゃなくて、なんで黒木さんが出てくるの?」
誤魔化しが効かない。日吉なら小難しいことを言えば、一瞬で脳がフリーズしてしまうのであるが。それは早速、日吉を馬鹿にしているような気がしてくるが。
「いや、黒木とさっき会って、少し話した。ただそれだけだ」
「ほんとにぃ~?」
「……話したことは内緒にしろとも黒木に言われた」
「ふーん、分かった。そういうことならもういいよ。奏太に誘導尋問とかしたくないし」
優は甘ったるそうな飲み物にストローを刺して、ほんの少し口につけた。それを見て俺もアイスコーヒーに口を付けた。氷がからからと心地良い音を立て、冷たいコーヒーが、熱くなった俺の体を冷却した。
「それはそうと、優は何を買ったんだ?」
「だからお父さんに頼まれて」
「ん?さっきはお母さんって言ってなかったか?」
「……奏太のことも詮索しないから、僕のことも聞かないで」
「あー。分かりました」
人には言えない事情というものが誰しもあるのだ。それを無理やり聞くというのは野暮なことだろう。小学生の頃、修学旅行で寝る前に恋バナをして、次の日にはバラされていたなんてことはよくあるのではないか。くだらないことで人間関係にひびが入ってしまう。小学生の頃ならまだわかるが、高校生になってまで噂話なんてするのはいけないだろう。無駄に詮索したりするのも、同じくする必要がない。
しかし、優とは長い付き合いになるが、時折何か隠しているような気がする。勿論、疑っているわけではない。だが最近特に俺に言えない何かを隠しているような気がしてしまうのだ。それが気のせいであってほしいし、もし隠し事があったとしても、大層なことではないことを祈るばかりである。
「それはそうと、朝も黒木さんがどうとか言ってなかった?」
「あぁ。ふと前の方を見たら、黒木が見たこともない顔をしていたんだ」
「恋する乙女って感じ?」
「い、いや。なんだろう。だらしない感じ」
「だらしない?ふーん、イメージないなぁ。黒木さんって凛としたイメージなのに」
「だから日吉に惚れているとか意味の分からないことを口走ったんだよ」
「奏太、辛辣だね」
「優、お前に言われたくない」
しかし何だったのだろうか。先程本屋で遭遇してしまったこともあり、黒木美麗という人物に興味が出てきてしまった。
彼女は高校で初めて出会ったし、あまり接点がないことも災いし、全くどういう人物なのか分からない。クラスの委員長を務め、成績も優秀との噂の彼女は絵に描いたような優等生である。それに加えて美人である。どこか話し掛けづらい印象がある。このように、俺は箇条書きの様にしか、彼女を評する言葉が出てこない。
「なんか黒木さんって、奏太に似てるよね」
優は当たり前の様にそう言った。
店内の穏やかな色彩の照明が、優の金髪を際立たせていた。そして優は指を折って何かを数え始めた。
「ええと、優等生だし、見た目も綺麗だし……、あ、間接的に奏太を褒めることになるのかこれ」
「なんで俺を褒めることを躊躇するんだ?」
「それにさ、ちょっと近寄りがたいよね」
そのとき何故か『その言葉を受け入れたくない』という感情が五臓六腑を駆け巡った。奥歯が擦れて、ぎちぎちと不愉快な音を立てた。
「僕は奏太のことを小さい頃から知っているし、奏太の駄目なとこもわかるけど、傍から見れば奏太って『完璧すぎる』というか『弱点がない』感じがすると思う」
そこまで言って優は申し訳なさそうに俺の顔色を窺った。ここまで友人に見透かされたようなことを言われてしまうと、反論も何も浮かばなくなってしまう。する必要もないのだろう。
「続けてくれ」
「——友達ってやっぱり自分と似た人が良いと、人間って思ってしまうと思うんだ。それか、『自分よりも下の人』を知らず知らずのうちに選んでしまうんだよ」
「どういう意味だ?」
「うん、人ってどういう時も安心したい生き物だからさ、自分が失敗したとき、最初に探すのは自分と同じ状況にある人、その次が自分よりも失敗している人なんだよ。それを見て相対的に自分を肯定したいんだと思う。だから奏太みたいな隙のない人と一緒にいると、だんだん追い詰められていくと思うから——」
「近づかないようにするのか」
「うん。そうかな」
「……優は人間関係について悟っているな」
「そんなんじゃないよ。……あとごめんね、気を悪くしたら。そういうところが似ているなって、それだけ」
俺は首を振った。そして氷が溶けだしたアイスコーヒーを吸った。妙に苦く感じる。
確かに俺は友達と呼べる友達が少ない。優と日吉、今の高校にはその二人以外に気兼ねなく話せる人がいない。クラスでも二人がいないときは疎外感を感じざる負えなくなる。
そういえば今朝、黒木は一人で椅子に座っていたような気がする。周りに少し距離を開けられて、一人で彼女は座っていた。
優曰く、それは決して周囲の悪意によるものではなく、一種の自己防衛であるらしい。
優と日吉がもしも違うクラスならば、俺も黒木のようになってしまっていたのかもしれない。そう考えると、黒木はかなり辛い立場であるのかもしれない。いたたまれない気持ちになる。
「僕はそんな奏太が好きだけどな」
「は?」
「いや、変な意味じゃないよ?今も黒木さんの心配してるんでしょ?」
「な、なぜ分かった?」
「僕はね、奏太の優しすぎるところが弱点だなって思うんだ。なんでも出来るのに全然自慢しないし、気を遣ってばかりいるよね?」
「確かに『お人好し』ってよく言われるな」
「うん。だから奏太って実は完璧じゃないと思う。あとキモオタなところとか」
「いや、一番重要なことを、ついでみたいに言うな」
「まぁこれも、奏太のことをよく知らないと分からないしね。パット見て分かる弱点がないから、近づきがたいんだと思うよ」
一番近くにいた優がそう思っているのなら、そうなのだろう。
「僕は奏太と一緒にいて、苦しくなることとかないしね。気持ち悪いときはあるけど」
「それはもう苦しいのでは?」
「だから黒木さんも話してみたらいい人だと思うよ。悪い人かもしれないけど、どっちにしても接してみなきゃ分からないさ」
「——なるほどなぁ」
俺は窓の外を見た。店内の風景と乖離した、爽やかな夕焼けが街を朱色に染めていた。
「なんの話してたっけ?忘れちゃったな」
優がにこやかな笑顔を見せた。
「優、俺なんとなく黒木に話しかけてみようと思う」
「あれ?好きになっちゃった」
「いや、女子は女子と付き合うべきだ」
「ぶれないね」
アイスコーヒーの氷が解けきり、机が結露で濡れている。
「お人好しなのも、ぶれないなぁ」
優が吐き捨てるように言った。
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