不便な能力にうんざりしていたオレが子供を拾う話

小紫-こむらさきー

1:「めちゃくちゃ美人じゃん」

「だってさーあいつ、異能持ちみたいなもんじゃん。すぐ女を口説くし」


「リコってさ、顔もいいけどさー、なんか、女を落とす魔眼とか持ってるよ絶対。ちっくしょーあの子狙ってたのになー」


 あーあ。トイレでメッセージなんて打つんじゃなかったなー。

 後悔しながら個室でスマホをスワイプする。

 オレが人の気持ちとか、なんとなくイけそうって思って一歩踏み込むのは別にそういうやつじゃないんですケド。

 死ねないし、老いない体で孤独に過ごすためには、日々新しい刺激……つまり女で胸の空白を埋める必要がある! なんて一人で言ってても仕方ないかーと思いながら、会話をしてる野郎共が出て行くのをやりすごして、溜息を吐く。

 あーあ。折角美人な女の子といい感じになったのになぁ。仕事が急に入るから、こっちはムカついてるんだよ。

 ゴーストレーダーなんていう如何にもなアプリを起動させてから、鞄に入れていた黒い前開きのパーカーを羽織り、黒いマスクを付ける。

 仕事仲間が作ったんだが、そいつがいうには「逆に堂々としてた方が目立たないよ。クソデマアプリってめっちゃ低評価レビューまでつけられてるもんね~偽装は完璧パーペキ」とのことらしい。

 開かれたアプリの画面は近場の地図すら写されていない。真っ黒な画面の上にいくつかのオレンジの点が明滅している。ちいさなものは無視するとして……これだ。周りよりも、二回りくらい大きな点。多分ここから100mくらい離れた位置にある。


「ったく。めんどくせーな」


 暗褐色に偽装していた髪の表面がパリパリと音を立てて真紅元の色に戻っていく。視界が変化して、暗い場所が見易くなったということは、無事に瞳に施していた擬態も解けたのだろう。

 顔を見られないようにフードを深めに被って、店から足早に出る。


「……クソ。気付かれたか」


 外に出てすぐに、オレの気配を感じ取ったらしいターゲットが走り出したのが見えた。人混みに目標が紛れてく……が、目視がダメでも気配を掴んだ。追いかけるのに支障は無い。

 人影はどんどんと寂れた方へ進んでいく。ああ、面倒だ。路地裏に入って地面を蹴った。

 夜の空に高く跳ぶ。目標が入っていった公園が上空からはよく見える。人影はない。

 風情がないがこれも時代の流れだ。人を魅了するために作られた美しい造形をしたオレの顔は、ただでさえ目立つ。格好くらいは普通でいないとニンゲンはすぐに人を化け物だなんだと噂をする。

 さっきの謂れのないレッテルを思い出して、ムカついてきた。


「異能ってのはなぁ! こういうモンだろうが」


 風にはためいているだけだったパーカーの布が風を受け止め始める。

 体が延長される感覚を思い浮かべて、背中の筋肉をちょっと動かすように意識する。

 月明かりに照らされてテカテカと光るオレの真っ黒な翼が音をさせずに広がっていく。体を前に傾けて、オレは目標が逃げ込んだ公園へ飛んでいく。


「クッソ……飛ぶなんて反則だろ」


 悪態は、声変わりしたてのような若い男の声だった。

 着地して翼をパーカーへ戻して、走って逃げる目標を追いかける。気配の隠し方も知らないみたいだ。罠かと思っていたが、わかりやすい動きをして逃げるのを見ると全くの素人に見える。同業者達がやられたってのもウソじゃないか? とついつい疑いたくなる。


「なあ、別に取って喰おうってわけじゃねえよ。話を聞……」


 目標が、こちらを振り向いた。同時に風を切る音と共に鋭い棘のようなものがオレの頬を掠る。

 爛々と光る橄欖石ペリドットを思わせる虹彩は、漆黒の針の様に細い瞳孔がよって縦に裂かれてあるようにも見える。

 頭を低くして、腕を地面に付けた男からは、さっきの声と全然違う獣のような唸り声が聞こえてくる。


「うっわ……そういうことかよ」


 竜人ドラゴニュートの幼体か。

 華奢だった腕は菫色の鱗に覆われていき、長く伸ばされた前髪で隠れて、ほとんど見えなかった顔は、べきべきと音を立てながら爬虫類のように変化していった。

 先端が尖った黒曜石のような鱗が、服を引き裂いたらしい。相手の服は地面に無惨に散らばって落ちているが、奴がそれを気にした様子はない。

 向かい合っている相手の鋭く伸びた牙が並んだ口の間からは、真っ黒な煙のようなものが漏れている。

 変身を遂げた竜人ドラゴニュートの幼体は、どことなく落ち着きない様子で太い尾を左右に揺らしている。


「落ち着けって」


 ワニにはあまり似ていない。よく見るお伽噺のドラゴンでもない。鱗に覆われた狼の体に、ガゼルの角が生えたトカゲの頭がくっついた姿。それなりに永く生きているが、こんなやつは流石に初めて見たな……。

 せっかく話しかけてやったオレの言葉を無視して、相手は前肢で地面を蹴った。

 咄嗟に体を斜めにして避けられたが、パーカーの一部がズタズタになって風に揺れている。避けきれなかったか。


「あーあー。聞く耳持たずってやつかよ」


 ゆっくりとこちらを振り向いた竜の鱗が、月光に照らされて紫水晶アメシストみたいに光る。

 漆黒の角で突き刺すぞと言わんばかりに、頭をこちらに向けてきた竜の前肢が再び地面を蹴った。

 咄嗟に右の手首を、左手につけている指輪で傷付ける。針のように違った装飾はこういう「いざという」ときに使うためのものだ。

 傷口がすぐに治ると同時に、外に出た途端に霧状に変化したオレの血は、目の前に広がって網のような形に変化する。

 愚直に突進してきた竜は、瞬時に上に跳躍して網を避けた。なるほど、咄嗟に機転も利かせられるってのは確かに手強い。

 並の同業者なら、確かに取り逃がしても仕方ない。


「残念ながら、今日のオレは機嫌が悪いんだよ!」


 人外共生組合ブルーピルの決まりでは、はぐれ者は保護対象として極力傷つけるなと言われているが、相手は幼体とはいえ竜だし、オレの機嫌も悪い。

 仕方ないよな。

 致命傷は避けてやるよ。掌を傷つけて、血で棒のようなものを作り上げる。ここでカッコいい真紅の剣を作る方が映えるんだけどなぁー。

 こちらに頭を向けて落ちてくる竜に向かって思い切り棒を振り抜いた。鈍い音がして、オレの手がビリビリと痺れる。

 クソ。角の一本くらいは持っていくつもりだったが……。


 角は折れなかったが、勢いよく横に吹き飛んだ竜は、派手な音を立てて公園に生け垣をぶちやぶり、太い木にぶつかって倒れた。

 薄紫の靄に包まれながら、竜の変化が解けていく。


「髪が黒いのは自前か」


 伸びている男をひっくり返して、顔を確認した。

 白磁のような白くて滑らかな肌と、骨格は華奢だがある程度筋肉が付いている体……。スッと通った鼻筋に控えめな鼻翼、細い顎と薄い綺麗な唇……。柳の葉を思わせる整った眉の下にある目はしっかりと閉じられている。

 手首に嵌められている白いブレスレットがほんのりと光っている以外は何も身に付けていない。


「めちゃくちゃ美人じゃん」


 相手が男だというのも忘れて、オレは全裸で倒れている相手に向かって思わずそう呟いていた。

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