序
「
敬愛する養父の忠告に、玉玲は赤みがかった黒い目をぱちくりさせた。
「どうして? みんな、いい子だよ?」
すると、部屋の
「あやかしがどんなやつかなんて関係ねえんだよ。村で
玉玲が所属する雑伎団の団員であり、
「私、奇怪なことなんかしてないよ。あやかしたちと話したり、遊んでるだけだもの」
「だーかーらー、そのあやかしが
養父の病の話をされると、さすがの玉玲も言い返せなくなってしまう。
口の悪い兄弟子ならともかく、養父にだけは
「……せっかく友達ができたのにな」
雑伎団で旅を続けて五年。団長である養父が病をわずらい、しばらく
「すまないね、玉玲。私なんかがお前を拾ったばかりに、
玉玲は直ちにかぶりを
「私、師父に拾ってもらってすごく幸せだよ!
養父が見つけてくれなければ、きっと
赤子の
「そう思うなら静かにしてろよ。あやかしなんてな、この村の人間は誰も信じちゃいねえんだ。いいか? たいていの人間は、目に視えない存在を気味悪がるか否定する。人には視えないものが視えるって言うお前のこともな」
玉玲は胸にチクリと痛みを覚えて
「じゃあ、師兄も私の話が信じられない? あやかしを気味が悪いと思っているの?」
「別に、お前の話を疑ってるわけじゃねえけど、正直気味は
言いすぎだと感じたのか、養父が「雲嵐」と呼んで兄弟子をたしなめる。
「仕方ねえだろ、気味が悪いもんは。師父だって理解できんだろ? これまであやかしが視える人間に会ったことあっか? 玉玲が異常なんだ。俺の反応は
それ以上聞いていられなかった。玉玲は兄弟子の話から
「おい、玉玲!」
すぐに雲嵐が呼びとめてきたが、当然応じてやるつもりはない。
勢いよく扉を開け、部屋から飛び出していく。
兄弟子の言葉に腹が立ったというより、悲しかった。異常だと言われたことが。
昔からそうだった。あやかしがいる、そう言っただけで、大人たちは玉玲に奇異の目を向けてきた。村の子どもには、嘘つきだとバカにされた。養父や団員たちは話を信じてくれたけど、特異なこの力とあやかしの存在を受け入れてくれたわけではない。そう感じるたびに、玉玲はずっと胸に
あやかしは気味の悪い存在なんかじゃないのに。自分は間違ったことは言っていないのに。
やるせない思いを
〝……けて。……助けて……〟
どこからか声が聞こえた気がして、玉玲は立ちどまる。
〝助けて、玉玲〟
言葉ではなく、心の
なぜか玉玲の
東の空を見あげると、黒い
そちらの方角できっと何かが起きている。
玉玲は
のどかな
そして、
「ぎゃあ────っ!」
刀で体を両断され、あやかしたちが消えていく。黒い靄となって。
一番初めに声をかけてくれた
青年は流れるような動きでイタチのあやかしを
「やめて!!」
とっさに玉玲は声をあげ、天天の前へと飛び出した。今は放心している場合じゃない。天天は一番仲よくしてくれたあやかしだ。この子だけでも守らなければ。
天天をかばうように
「
青年は
「どうしてこんなひどいことをするの? みんな、とってもいい子だったのに!」
初めてあやかしが視える人に会ったのに、
時間の経過と共に、大事な友達を失った悲しみと
「あやかしは存在そのものが悪だ。人に害を
「あの子たちが人に何をしたっていうの! 悪さをしてるところなんて見たことない! 陽気で人なつっこくて優しいあやかしたちだった!」
負の感情を視線に込めてぶつけると、青年は罪人でも見るように
「この村にあやかしに
いっさいの
「お待ちください!」
どこからか空気を裂くように声が響いた。
玉玲はゆっくり
青年の後方に、決然とした表情で歩く少年の姿が見えた。年は玉玲の少し上くらい。
少年が近くまでやってくると、青年は刀をおろし、鋭い目つきでこう告げた。
「
「いいえ、見すごすわけにはいきません。
「天律は今ではただの建て前だ。あやかしをのさばらせれば、人間にとっていずれ害となる。そうなる前に
「ならば、兄上がなされたことを
阿青と呼ばれた少年は、
「悪さをしたあやかしならまだしも、
青年は
少しも目をそらすことなく、青年と
先に勝負からおりたのは、青年の方だった。
「勝手にしろ。だが、阿青。あやかしに情けをかければ、いずれ
阿青はホッとした様子で息をつき、玉玲の方へと近づいてくる。
いや、玉玲ではない。その後方で震えていた猫のあやかし、天天の方へ。
意味のわからない短い
とたんに天天が、ぐったりと地面に体を投げ出す。
「天天!」
声をあげて駆け寄る玉玲に、阿青は安心させるように
「
玉玲はかがみこんで、天天の様子を確かめる。
ぐったりはしているものの、天天は静かな
額に貼られているのは、難解な文字が書かれた
ひとまず天天が生きていることに
「ごめんね。こんなことになってしまって。この子は僕が責任を持って預かるから。決して悪いようにはしない」
阿青は申し訳なさそうに告げて、天天をそっと抱きあげた。
玉玲は不安な
「天天をどこかに連れていっちゃうの?」
「ああ。この子が本来いるべき場所。仲間が大勢いるところだよ。ここにいても
「……仲間」
玉玲の
この村に天天以外のあやかしは、たぶんもういない。仲間はどこにもいないのだ。
養父の病が
仲間が大勢いる場所で、天天が幸せに暮らすことができるのなら。
「あの
玉玲は不安をぬぐいきれず
「ああ、必ず守ろう。約束する」
まっすぐ見すえていると、阿青は優しげな
星空のように
黒い靄が
こんなにきれいな空気をまとった人になら、天天をまかせられると思った。そして、わかってくれるかもしれない。あやかしの存在を受け入れ、守ろうとしてくれている彼ならば。
「私、天天のことを友達だと思っているの。それっておかしいのかな?」
胸にわだかまる
「全然おかしくなんかないよ。僕にもあやかしの友達がいる」
「えっ、本当!?」
玉玲は声がひっくり返るくらい
「気味が悪いって言われないの? あやかしが
「確かに、気味が悪いと言う人もいるけれど、気にする必要はないよ。あやかしが視えるのは君だけじゃない。僕たちの
「……あやかしと人をつなぐ、特別な力……?」
彼の言葉を聞いた
孤独も
阿青は
「また会える?」
玉玲はとっさに阿青の
もう会えなくなるのかと思うと、また悲しい気持ちになる。せっかくあやかしが視える同志のような存在に
「そうだね。君があやかしとつながっていれば、またどこかで会えるかもしれない。その時はゆっくり話をしよう。この子の話も聞かせてあげるよ」
阿青の言葉に安堵し、玉玲の口もとにもようやく笑みがこぼれる。
「うん、約束ね!」
いつか彼らと再会できることを願いながら。
その日の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます