プロローグ
「……ここ、どこ?」
夜の森だった。街灯もない、
背後を
中央には
私はさっきまで駅前にいたはずだ。
しかも今日は
散々な気分で電車に飛び乗り、家の
電車の中も満員で座れなかったし、家に帰る前に少しだけ休みたい。目の前にあった駅前の噴水に
耳を打つ水音にハッと目を開けた時にはもう水中だった。
もう一度辺りを見回した。住んでいた大学前の町は今の時季はまだ雪は降らないはずだし、噴水もコンクリート製のはずだ。でも目の前にあるのは大理石の噴水だ。
何が起こったのか理解できないまま
光を中心に
光が消えた後、目の前には二人の人影が立っていた。どちらも背が高くて大きい。
私はポカンと口を開けた。おとぎ話でも見ているのかと思った。
月光の中降り立った二人のうち一人は、背中までの長い黒髪が風にさらわれてさやかに
黒いマントに黒のブーツ。全身黒ずくめで
「やれやれ、いつまで
二人の男性のうち、もう一人が肩を
どちらの格好も現代人っぽくない。ファンタジー映画か中世ヨーロッパの人みたいな格好だ。
それに、話している言葉はわからないのに、どういうわけかしゃべっている意味は理解できる。不思議な現象にただただ相手の顔を見つめるしかできなかった。
「後から来ればよかったんだ。その方が僕も負担が減る」
黒髪の人は
「それはまずいと思うよ。だってほら、君って口下手だし」
「初めまして、私はアーベント王国ヴェーヌス領の領主、ルートヴィヒ・クラインベックだ」
「え、アーベ……? あの、こ、ここは、どこですか?」
まだ震えの止まらない口で何とか
二人の男は顔を見合わせた。
「やっぱり、
「ああ、『
黒髪のほうが
「あ、ありがとう」
お礼を言うと、彼は表情も変えずに
「彼はエメリヒ。エメリヒ・ローゼンシュティール。魔術師で、新米だけど『学院』の教授なんだ」
ルートヴィヒと名乗った金髪の男性が少し
「あの、……私、駅前にいたはずなんです」
ルートヴィヒさんは申し訳なさそうに首を振った。
「君は違う世界から来たんだ、
「いやいや、まっさかあ……」
「だって、私、日本に住んでたんですよ? まだ大学生で、就職活動だってしてたし、……お、お父さんとお母さんは? もう、帰れないんですか? 会えないんですか?」
声が震えた。今度は寒さからでなく、
「……残念だけど、あちらから来た人間が元の世界に戻ったっていう記録はないんだ。女神はどういうわけか、時たま違う世界から人間を招き入れる。君のような人は『旅人』と呼ばれている」
「そんな……」
大学だってまだ卒業してないし、就職活動だってまだ内定をひとつももらってない。一人暮らしの部屋も、冷蔵庫の中に使いかけの食材が残っている。出掛けるときに慌てて準備して、片付ける時間がないまま飛び出してきたから部屋の中もぐちゃぐちゃのはずだ。
それに、両親にももう会えないなんて。最後にやりとりしたのは電話で、採用面接が上手くいかなくて落ち込んで
うなだれた私の頭を、そっと
「僕と、ルートヴィヒが君の家族代わりになろう」
「領主として
ルートヴィヒさんは腕を組みながらうんうん頷いた。声は
「こちらの常識や習慣を教えて、生きていく方法を探す手伝いをする」
「え、と、それは、……助かります」
具体的なことに
「名前を教えてくれないか」
「あ、……シノブ、シノブです。
おずおずとその手を取った。人間
「シノブ。君がこの世界で生きていけるように、手助けすると約束しよう」
月明かりを背に、黒絹の
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