第53話 ムスリ
あれから結構待ったがマドは帰って来なかった。
紙袋の串焼きは俺のためにムスリが用意してくれたみたいだ。
「モブオ君、あのとき本当に美味しそうにしてたから。買って待ってれば喜ぶかなと思って」と言われた。
俺はポーチから神器の杖をムスリに渡した。
「何ですかこれ?」
「生まれてきて今までの身体の傷があったら治して、呪いも解かれる魔道具だ」
「えっ!?」
もういいだろうとムスリから杖を取り上げて、ポーチに入れる。
「よし行こう!」
「どこにですか?」
「世界樹の上にいる妹に会いにだ」
ムスリは不安そうな顔する。大丈夫だと気休め程度の言葉をかけて、俺はムスリの手を引く。
そしてムスリをノエルに会わせた。俺とノエルの部屋に来ていた俺とムスリ。そこにはノエルが待っていたというかたちだ。
ノエルを妹のノエルだと言ったら、俺とノエルを交互に見て、驚いていたな。
いや、ノエルの顔が良いと驚いていたのかも。
「初めましてノエルと言います」
「初めまして、ムスリと言います」
夢を全部叶えるのは俺じゃ出来ない。だがノエルならやってくれるはずだ。
「私とお兄様の旅はここで一旦お休みですね」
「ノエルやってくれるのか!」
「お兄様と為ですし、お兄様がお認めになった方なら私もきっと仲良くなれるはずです」
ノエルはムスリの両手を掴む。
「ムスリさんは、まず何をやりたいですか?」
「何をやりたいとは?」
「将来の夢です。お兄様から聞きましたよ、全部叶えてやるんだと息巻いてました」
俺は首を上下に振るだけだ。
「じゃあ! でもダメです。奴隷の私が叶えていい夢じゃないです」
奴隷だったことがムスリには大きいのだろう。ムスリの目線が下がった。
「言うだけ言ってみてくださいよ」
ノエルはムスリの掴んだ両手を祈るように胸の辺りに持っていく。
手が上がることでムスリの下がった目線がノエルとぶつかる。
「じゃあケーキ屋さんで」
恐る恐るムスリが答える。するとノエルはポーチから神器の剣と弓を取り出した。
そして神器の剣で空間を丸くきる。俺とノエルが十年後に行った方法と同じように。
「終わりました。行きますよ」
ノエルが言うと、空間の丸は消えていた。
もう準備が出来たと言うことなんだろう。
やっばりノエルは最高だな。そして神器の剣も凄まじいな。
ムスリが「え!? え!?」と、状況が整理出来ていないのだ。
「ノエル、そのまま連れてけ」
「はい」
弓でムークリ王国の俺たちの家まで転移した。
俺たちの家の隣りに随分立派な店が出来ていた。十年でここまで変わるのかと思ったが、ノエルが大きな胸を張って、エッヘンとしている。
「ノエル凄いな〜」
俺がノエルを褒めていると、ノエルは俺に身長を合わせる。俺はよしよしと頭を撫でてあげた。
「私、上品なお菓子を作ったことがないんですよ。ケーキとか、ケーキとか、ケーキとか。私には無理です」
俺もケーキの名前とかは詳しくはない。
「大丈夫です、一から教えますよ」
ムスリはノエルに手を引かれて、店に入って行った。
俺は料理の才能が無さすぎるので、夢を叶えるとか大見栄を切って、ノエルにおんぶにだっこなのは仕方ない。
俺は店のテラスでテーブルに座って、ボンヤリとノエルが育てた花を見て過ごした。
たまにノエルが綺麗なケーキと失敗したケーキを持って来る。お茶まで付いてくるとは食べがいがある。
そして月日は経つ。
俺が昼に目覚めて、屋敷から店へ行く。どんだけ並んでいるか分からないような行列が出来ているのを見ながら、テラスの指定席へ。
月一で店がガラリと変わるのに、段々と大層な行列が出来るまでになった有名店。
前の月はラーメンの店だったか? でもラーメン以外にもケーキか、頼めば何でも出てきて、それがこの世のものとは思えないほどに美味いと来れば、人気になるのも当然だろう。
まぁ、夢と言ってもムスリは、聖女様とか、姫とか、洋服屋とか、鍛冶屋とか、そういうものでは無かった。
ただムスリは奴隷の頃に食べられなかった料理を夢と語ることが多かった。
そのムスリは今は、客の美味しかったの為に働いている。奴隷の頃に感謝されたことがなかったから、心に響いたんだと。
まぁ、月一で夢を叶えて店がガラリと変わるが、夢で料理以外の夢を選択することはないだろう。
「いらっしゃいませ、モブオ君」
「今月は何の店だ?」
「ノエルちゃんから聞いたんだ。今日からモブオ君のお腹を掴む料理を勉強していくね」
俺のお腹を掴む料理?
「ノエルは何て言ってるんだ?」
「お姉様になれるように頑張ってと応援してくれました」
そうか、俺はノエル一筋だって言うのにな。
「俺を攻略するのはノエルを攻略するのとは訳が違うんだからな!」
「頑張ります」
決意の言葉を言い終わるとムスリはテラスから店の中に入ってしまった。
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