第18話 妖精の国


 覚えてろよ、と勇者が悪役ゼリフを吐いて、去ってくれればまだ可愛げがあるというものだが、俺を睨みつけたままで去る気配が微塵も無い。本当に勇者はノエルの魅了にかかってしまったと推測できる。


 妹は罪作りな容姿をしている。中味も良い、最高の美少女だな。


 妹に一目惚れってお前な、勇者も少しは見る目だけはあるじゃないか。


「お前は俺に負けたんじゃねぇのか?」

「うるっさい! 剣だ! そうだ、剣で勝負だ!」

「丸腰の相手に剣で勝負とは。いやはや、勇者様はフェアな戦いは好みとみえる」

「僕よりも強いんだろが!」

「じゃあ、剣持つのダルいから俺は素手で良いよ」


 勇者は鞘から剣を抜いて、構えた。


 またさっきと同じになるだけと思うが、付き合ってやろう。


「モーブル落ち着いて! 武器を変えても結果は同じ、貴方の本当の実力ならこんな奴には負けないけど、今じゃ明らかな力の差があるわ」


 ソフィアは間違えている。本当の実力ならと、違う。俺の身体だったから力の差があるという前提があるだけだ。


 勇者が今から十年間、修行に励んだって、その身体以上の力の差が生まれることは無い。


 しかも今の勇者に身体をキープさせられほどの実力はない。だんだんと弱くなっていくだろうな。


「そうだ、僕は勇者だ。本当の実力を身に付けたら今度こそ、ノエルをもらいに来るからな!」


 勇者はソフィアの言うことを聞き、剣を鞘にしまった。


 本当の実力が一週間後には着いていると言わんばかりの宣言だな。


「修行しなければ!」


 能天気な勇者が浜辺へ、走り込みに行った。



 花火が終わって気持ちよく帰ろうとしたのに、ウザったい羽虫に捕まってしまった。


「ソフィアさん、またどこかで」

「待ってノエル。モーブルは記憶喪失と言っても貴女の魅了で、シスコンは復活したわ。本当にブラコンじゃ無くなったのね?」

「はい、屋台の前でも言いましたよね。今はモブオ様一筋だと」


 ソフィアが俺の身体を下から上に見て、フッと鼻で笑い。ノエルに視線を向ける。


「じゃあモーブルは私が貰ってもいいわね」

「はいどうぞ」


 ノエルはどうぞと言うと、俺に腕を絡ませて軽く頭を下げた。


 ソフィアは勇者ところに行ったので、俺たちはのんびり宿に帰った。





 朝一でラクセルの街を出る。


 勇者が昨日と今日で再度戦いを挑みに来るかも知れないし、花火が終わったらこの街を出ることは決まっていたんだ。早いに越したことはないだろう。



 ラクセルの街からイルチアの街に続く道に大きな海を渡るための橋がある。馬車が四台ほど通れるというぐらいの大橋だ。


 俺も遠くから見たことがあるが、通るのは始めてだ。勇者だった頃は橋を使わなくてもちょっとの距離なら水の上を走って目的地まで行けた。


 でも今は急ぐこともしなくていい、ノエルの二人旅だ。最高に時間を掛けようと思う。





 勇者に会うことも無く、舗装された道をノエルの歩く速度でゆっくり行く。ノエルはどこを見ても木、木、木と木ばっかりだと言うのに嬉しそうだ。


「何か見えるのか?」

「木と木の妖精しか見えませんね。でもお兄様と一緒ならどこに居ても楽しいです」


 気の所為? いや、木の妖精?


「お手手ぐらいの小さなサイズで可愛らしいですよ。ほらあそこにも、手を振ってます」


 ノエルが木の枝を指でさして、見えるか尋ねてくる。


「俺には見えない。ノエルが安全だと思うなら手を振り返してみれば」

「お兄様が変な子といるなんて思われて欲しくないので、人に見えない者が見える時はリアクションしないようにしていましたけど、良いのですか?」

「ここは俺しかいない。そして街の中でもノエルの妖精を見つけたら手を振り返してやれ!」

「……お兄様以外の人の前では恥ずかしいですよ」


 照れて赤くなっているノエルは可愛い。




 そして手をうちわにして、顔を冷ますとノエルが手を振り出した、全方位に。


 木の妖精って、そんなにいるんだと思っていたら。


 ノエルが空中を触りだした。おぉ、そこに木の妖精がいるんだな。


「おい人間! おい」


 どこからか女の子の声が聞こえるが、何も見えない。


 俺の頬にグイッと小さな両手の感覚がある。


「なんだ?」

「お前も一緒に来い」

「どこへだ?」

「妖精の国、レシェスティアだ。ノエルがお前も一緒なら行くと言うんで特別だぞ!」


 妖精と会って三分ぐらいで家に呼ばれるとは、ノエルは本当に特別じゃないか。


 ノエルのおかげで俺も特別になったと。


 俺も行ったことがない妖精の国、どんなところだろうか。


「お兄様行きましょう」

「どんな所でもついて行きますよっと」


 ノエルの手を引かれて、妖精の国へと歩いて行った。


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