第2話 俺のお姫様


 のんびり暮らして行こうにも、金がないと始まらない。


 この身体の持ち主は誰なんだと、ポケットをまさぐる。


 ポケットがヌメヌメしてたが、カードが入っていた。それに記載していたのがツカサ・サトウ? 変な名前だ。


 俺のカードは所持金か無限と設定してあるが、コイツの所持金はいくらぐらいあるんだ?


【10G】


 少ない。これで良く俺の身体を乗っ取ろうと思ったな。


 俺じゃなかったら、身体を取り返して八つ裂きにされても文句言えないぞ。

 

 俺はそれでスティック状のお菓子を買った。


【2G】


 金が無くなった住民カードを投げ捨て、俺はギルドへ向かった。




 ギルドでは仕事の斡旋とギルドを住所登録して仮住民カードの発行ができる。第二の人生ということで名前の欄に【モブオ】と記載してもらった。


 子供の時のアダ名はずっと覚えてる物だな。


 1000年生きてて、第二の人生を嫌いだったアダ名にする奴はどれぐらい居るんだろうか? 戦ってばかりだったから、この名前で呼ばれてた時が平穏な日々だったと思い返して、この名前をつけた。



 ギルドに来たのは住民カードを貰うのと、あともう一つ。勇者だった俺が依頼していた特別なクエストを今の俺がやるという狙いがあった。


 住民カードは、身分証明、財布。


 そしてクエストを受ける為の確認カードにもなる。


「あのすみません。モーブル・レディエント様からクエストを頼まれたのですが? ここであってますか?」

「え〜と、貴方が?」


 あのすみません。から受付のお姉さんに聞こえるように小声で言って、テーブルにカードを差し出した。


 さっきまでカードを作っていた奴に勇者様がお前ごときに頼むかと、お姉さんが眉間に皺を寄せてジッと見てくる。俺もこの依頼は信頼できる奴にしか教えていない。


 断じてこんな身分の低いよく分からん奴が受けていいクエストじゃない。


 受付のテーブルにお菓子を一本置くと、お姉さんがサッとお菓子を取って、俺のカードにお姉さんのカードをかざす。


 これでクエストが受理された。





 大きな屋敷の扉を叩く。すると白銀の長い髪が美しく、綺麗な緑色の瞳を持つ美少女が扉から出てきた。勇者のクエストを受けたことを伝える。


「はい、クエストを受けてくれたと言うことは、お兄ちゃんの知り合いの方ですか?」

「ちょっとその辺は複雑なんだよ。とりあえずカードに触ってくれる」


 汗のしたたるデブと笑顔がひきつった美少女、こんなシチュエーションをお日様の下でやれば、そく衛兵に逮捕される。


 俺の迫力に負けてか、一歩一歩と後ろに退く美少女。ガチャりと扉が閉まったのと、美少女がカードに触れて承認をしたのが同時だった。


「きゃぁぁあああ!!!」


 美少女が大声を出した。執事とか、メイドとかもいない。この屋敷には俺とノエルの二人だけだ。ただ結界が張ってあり、屋敷の住人が認めた者だけ入れる。


「ノエル、ノエル! 落ち着いて! 俺がお兄ちゃんだぞ」

「こんなに、ぽよぽよのお兄様はいませんよ!」


 目に涙を浮かべて、そんな当たり前なことを言われた。


「まぁ、そうなんだが。一旦、身体を洗ってきていいか? この身体ところどころネチョネチョするんだ。ノエルに変な病気がうつる前に綺麗にする。俺の服は全部魔法服だから、サイズは服が勝手に合わせるだろうから持ってきてくれ」

「はい?」


 服は焼却だな。





 ゴシゴシと泡で身体を綺麗にする。お風呂に入って、またゴシゴシ洗う。「ここに置いてますよ」更衣室でノエルの声が聞こえ、いつもの日常だと思うが、俺の身体が違うだけで、ノエルの声も緊張気味だ。


 風呂から上がり、綺麗になった俺は魔法服を着る。スムーズに着れたことに安心する。前の服は更衣室のカゴごと焼却炉に入れておいた。



「魔王を倒して国に帰ってきたら、この男と入れ替わったんだ」


 ノエルにお茶を出して貰いながら話し、お菓子をつまんだ。


「いきなりお兄ちゃんだよ〜、と言っても屋敷入れて貰えないと思ったから俺が出しているクエストの『ノエルの世話焼き』で屋敷に入ろうと思ったんだ。まぁ、この国にいるのもあと少しだからな」

「あと少し? どこかに行くんですか? 1000年も勇者としてやって来て……」

 

 俺はノエルにカードを見せる。お兄ちゃんとわかったら、この意味がわかるだろう。ノエルのカードを見る視線が険しい物になる。


「モブオ、ですか」

「この国に、いや、この屋敷に1000年と閉じ込めた俺の不甲斐なさが変わることは無い。やっと勇者の鎖から開放されたんだ。一緒に俺とやり直さないか?」

「私は……私は屋敷に閉じ込められたなんて思ったことは無いですよ。お兄様が帰ってくる場所を守りたかった、それだけです。それにしてもお兄様はほんとうに、家事全般が出来ませんのに、私が行かないと言ったらどうするのですかね」


 ノエルは胸を持ち上げて腕組みする。


「頼むよ、ノエル」

「しょ、しょうがないですね!」


 ノエルは子供の時から頼み事に弱い。催促している感じはあるが、それも妹の可愛さだろうか。



 一時間待ってください、と言われてノエルが魔法の鞄に必要な物を入れていく。俺が手伝うと手伝ったぶん遅れていくのは1000年の間でたくさん経験しているから、俺はお茶タイムを満喫していた。



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