正夢に追われて

ほしのみらい

第一章第一話〜第三話

第一話


 ここは県立みらいだいら学園高校。

3年A組の教室。チャイムが鳴り、5時限目が終わったところ。

これから部活が有る者。又、帰宅する者それぞれが支度をしている。


 伊丹いたみ雪村ゆきむらはクラスの友人にたずねた。

「なぁ、夢って、よく見る?」

「夢―?俺、部活で疲れて、飯食って風呂入って爆睡〜〜〜。」

「僕は……夢って、見ても直ぐ忘れちゃうからなぁ……。でも見た事はあると思うよ。……内容は覚えてないけどね。」


「そんなもんなんだ……。俺は、しょっちゅう見るんだけど、人それぞれって事かなぁ……。」

「雪村はそんなに夢見るんだ。」

「あぁ、まぁね。」曖昧あいまいに答える雪村。


 クラスメイト数人に尋ねた雪村であったが、ざっくりした答えしか返ってこなかった。


雪村は納得いかない。

学校からの帰り道でも……。


 雪村と付き合っている彼女、新川 りんにも同じ様に尋ねた。


「ねぇ、凛。夢って見る?つか、よく見たりする?」


「何?急に。見た事は有るよ。でも起きたら直ぐ忘れちゃう。」

結局は、凛もクラスメイトと似通った答えしか返って来なかった。


「俺さ、夢って結構見るんだ。しかも日付や景色、登場人物までしっかりした夢ばっかなんだけど。なんか変かな?」

「へー。雪村の見る夢って覚えていられるヤツなの?」

「うん。フルカラーだし、声や音までしっかりしてる時も有る。凛は経験無い?……やっぱ俺が変?……。」

「私は見た夢を気にした事無いから、起きても余計思い出せないし。……うーん、分からん。」


「凛、今日は寄ってく?」

「ごめん。今日、姉貴あねきと買い物なんだ。」

「分かった。じゃ、後でLINEする。」

下校途中で2人は分かれた。


 雪村と凛は、学校から徒歩で通学出来る距離。

凛は家族と同居だが、雪村は1人でアパート住まいだった。


 雪村の両親は早くに亡くなり、小学校から中学校卒業まで児童施設に入っていた。

中学に上がって、施設内での退屈しのぎの様にして夢のノートを書き始めたのだった。

その施設も、高校入学と同時に出て、今はアルバイトをしながらのアパート住まい。


 夢のノートはまだ書き留めている。


 凛とは高校に入学して同じクラスになり、そこから付き合う様になった。


凛は、親と同居で、姉と同じ部屋で生活しているが、居心地が悪くなると、直ぐ雪村の部屋に来るのだった。


凛には、雪村の部屋の鍵を渡されていて、夕方に食事を作りに来たり、週末には朝食を作りに来たり。


2人は同棲している訳ではないものの、いわゆる通い妻状態の、凛だった。


 部屋に戻った雪村は、上着を脱ぎ、鞄を放り投げ、ネクタイを緩めながらベッドに横になった。


枕元まくらもとには、見た夢を書き留めるノートが有る。

雪村はおもむろにノートを手にした。


起き上がり机に向かう雪村。


 つい最近、自分の見た夢が現実に起こった事を目の当たりにした雪村。


今日はそれがあって、友人や凛に、夢について尋ねたのだった。



第二話


 それは2週間前の事。関東地方を台風が縦断じゅうだん甚大じんだいな被害をもたらした最悪の天災だった。


 机に向かう雪村は、その内容を確認する様に読み返していた。


(日付も時間帯も合ってる。災害の様子もほぼ夢と同じく、ニュース番組でやっていた……。今までの全ての夢がそうだ。これも、これも、これもだし、これだってそうだ。)


このノートは、凛には隠していたが、あまりにも現実になっているのを考えたら怖くもある。


 今日、帰りがけに部屋に誘ったのは、このノートを凛に見せようと思ったからだった。


(凛はどう思うだろう。見た夢を書き留めているなんて知ったらバカにされそうだ……。でも……まぁ、1度は読んでもらおう。最近で起こりそうな夢を凛と検証するってのも有りかもな。)


 雪村は、凛にLINEを送った。


(明日、俺の部屋に寄って。相談したい事があるんだ)

既読きどくになって返事が来た。


(それLINEで良くない?で何なに?)


(見てもらいたい物も有るからさ)


(何だか知らないけど、了解〜)


 翌日……。

5時限の授業が終わり、帰宅の雪村と凛。


「雪村?一体どうした?悩み事でも出来たの?」

「まぁ、部屋で話すよ。見てもらいたい物も有るしさ。」

 雪村の部屋に帰って来た2人だった。

 

 「凛、上着はハンガー使えよ。」

 そう言って凛にハンガーを渡す雪村。自分の上着と鞄はベッドに放り投げる。


 凛はベッドに寄り掛かって座った。


 「話ってのはさ、この間の続き。俺の見た夢の事。」


 「そんなに気にする事でもないんじゃない?」


 「それからこれを見てもらいたくて。自分が見た夢を書き留めてるノート。中学の頃から書いてる。」


 ベッドの枕元から1冊、机の引き出しから2冊。計3冊が凛の手元に渡された。


 ノートの隅には、1〜3の数字が振ってある。


 受け取った凛は、順番に読み始めた。

最初はパラパラと流していたが、所々赤いペンでバツの印が付いているのに気付く。


 3冊目では、少し文を読んでいた。

 「随分詳しく書いてあるけど、雪村の脚色入りじゃないの?」


 「いや、それは違うよ。俺が見た夢を、なるべく詳しく思い出せる範囲で書いただけ。何も付け加えたりしてない。」


 「それにしても詳しい内容じゃない。小説か何かみたい。」


 「それでも、目が覚めて、思い出せない所は棒線引いたり、◯◯とかって書いたりしてるでしょ?」


 「うん、確かに。曖昧あいまいな文章もある。……所々に有る赤いバッテンは何なの?」


 「今日、凛に来てもらったのはその事なんだ。」


 「えー?赤いバッテンの事?」


 「あぁ。ちょっとその赤いバツの文章を読んで欲しいんだ。」


3冊の赤いバツのチェックが入った文章に読みふける凛。

 2、30分が過ぎただろうか。凛がノートから目を離さずに言った。

 「2年の時までウチら同じクラスだったけど、その時転校して来た未佳みかの事も書いてある。」

 

 「あぁ。それは、夢で黒板の日付が出てきて、転校生を紹介された。凛の前の席に座ったじゃん。それも夢で見た。」


 「ほんとに〜〜〜?このノートの赤いバッテン達って、もしかしてさー……。」


 「そのもしかしてなんだ。……最初はデジャヴみたいなもんかなって思ってただけだったんだ。でもあまりに数が多くて……。予知夢よちむってヤツなのかも。」


 「マ、マジか……。予知夢なんかホントにあるのかなぁ……。」


 凛はまだ半信半疑だった。


 「年月日に、時間に、登場人物。俺の見る夢の特徴は、必ずどこかに時間や日付が出てくる事。登場人物が誰だと分からなかった夢でも、周りの人や店なんかで誰だったか判断出来たりする。年が出てくるのは少ないけどね。」


 「それを今まで、このノートに書いてたって訳ね。……うーん、デジャヴにとどまらないで、予知夢にまで発展するか……。確かに、日付が分かったり時間が分かったりして、更に登場人物が分かれば、気にならなくもないね。」


 言うと凛はノートを雪村に渡した。



第三話


 スマホを取り出すと、デジャヴを検索する凛。横に来て覗き込む雪村。

 

 「デジャヴ、既視感きしかんの事。既視感は、実際は一度も体験した事がないのに、すでにどこかで体験した事の様に感じる現象。……だって。」


 同じ所を検索した雪村が続く。

 

 「既視感とは逆に、見慣れてるはずの物が未知の物に感じられる事を未視感みしかんと言う……か。俺の場合はこのどっちでもない。やっぱ予知夢なのか?それとも正夢まさゆめか?」


 「今調べてる。……夢で見た通りの事が現実になるのは『正夢』、そうでないのが『予知夢』だってさ。」


 続いて雪村も同じ所を読んでいる。

 

 「うーん……。予知夢は、未来の何かを暗示するメッセージが夢に出る……か。どっちにしても科学的証明には至ってないらしい……。凛は俺の夢、どっちだと思う?」


 「雪村のノートを100%ひゃくぱー信じるとしたら、予知夢じゃあないよね。」

 

 「じゃあ正夢って事かぁ……。ってマジでっ⁉︎」


 「だからそのノートの内容を信じるならって話じゃん。今から1番近い日付はどれなの?……何なら確かめちゃう?」


 凛のこの一言で、雪村のノート3冊が切り刻まれて、時間毎に別のノートに切り貼りされていく事になるのだった。


 「別に赤いバッテンのやつは貼らなくてもいいんじゃね?」


 「ばーか。過去に起こった事は証拠に取っとかなきゃ。」


 「なるほど、過去のは証拠にか……。中学の頃から書いてたから、結構有るなぁ。」


 「ちゃんと年月日、時間毎に並べる。じゃないと、これから来るのか過ぎた事なのか分かんないからね。」


 「全部が年まで分からないから、順に並べるってのはむずかしくない?つか、何で凛が俺の夢にハマってんの?」


 夕方近くなって、雪村の腹の虫が鳴いている。

 「ねぇ、凛。晩ご飯、一緒に食べよ。」


 「良いけど、買い出しが雪村で、作るのが私でしょ?ったくしょうがないわねー。」

凛はそう言って立ち上がると、冷蔵庫を開けた。


 「これで何を作ればいいってかっ。先週と変わらんっ。」


 「バイトの給料入ったばっかだから、リクエストに答えちゃうぜ〜〜〜。」

 

 「小麦粉、玉ねぎ、紅生姜べにしょうが……。先週と変わってない(汗)。じゃあ卵とタコ買ってきて!で、たこ焼きにしよー。」


 「せ、先週もやった様な……。」


 「文句言わない!雪村は、さっさと買ってきてね。私はその間に準備しとくからさー。」


 「へーい。」


 先週もたこ焼きをやって過ごしたが、その食材の余りも残っていたので、結局またたこ焼きになるのだった。


 実は凛の両親は関西出身で、たこ焼き器やホットプレート等、粉もん系調理の電化製品には事欠かず、雪村の部屋に持ち込んだたこ焼き器も凛であった。

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