第5話 魔法


 このお話は私が子供のころ経験した実話である。友人はもとより、親兄弟にも話したことのないくだらない話だ。



 私がまだ幼稚園児だったころ、夕食前にテレビを見ていると、手品のショーをやっていた。


 手品師が伏せたコップを動かすと、右のコップに入れたコインが左のコップから出てくるという、今そんなものを放送すれば放送事故になりそうな下らない手品だったが、私はその手品を魔法と信じ込んでしまった。


 幼稚園当時の私には手品と魔法の区別がなかったのだ。


 私はその魔法を試すべく、家にあった湯飲みを2つ用意した。テレビで見た手品師の動きをまねて、伏せた2つの湯飲みの片方に5円玉を入れてカチャカチャ動かしてみた。


 当然のこと、右の湯飲みに入れた5円玉は、どう湯飲みを動かそうが、同じ湯飲みから出てくる。


 10回、20回、……100回。 余談だが、当時の私は、1000くらいまでは数えられた。


 100回を過ぎても、結果は同じだった。


 それから50回くらい試したと思う。そしたら、右の湯飲みに入れていたはずのコインが無くなって、左の湯飲みから出て来た。


 私は、驚いたというより、当然のことが起こったものとこの結果を受け入れた。けれどもその後、何度繰り返してもコインは入れた湯飲みからしか出てこなかった。


 失敗を繰り返すたび、1度だけ成功したのは実は自分の勘違いで、左の湯飲みに入れていたコインを右の湯飲みに入れていたと間違って覚えてたんだろうと自分で少しずつ思うようになっていった。


 今思い出してみると、どうなんだろう? 本当に奇跡が起こったのかもしれないし、ただの勘違いだったのかもしれない。


 けれど、何十年も前の出来事を今でも思い出す自分がいるのは事実で、あのバカげた魔法の真似事も無意味ではなかったと思う。


 不思議な経験というものは、おおかたこんな類のものではないだろうか。しかし、1000の勘違いの中には本物の不思議が潜んでいるのかもしれない。

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