12話 幼馴染


「……」


【深紅の絆】パーティーがベグリムの都を去ってからというもの、俺はなんだか心にぽっかりと穴が開いてしまったような、そんな虚しい気分に包まれていた。


 グロリアたちと一緒にいたのはあんなに短い間だけだったというのに、元所属パーティー【風の紋章】から追放されたときよりもずっとショックというか喪失感が大きかったんだ。


 それでも、いつまでも落ち込んでる暇はないということで、俺はコカトリスの爪を届けるために、友人が経営する道具屋まで向かってるところだった。


 入り組んだ路地の奥、薄暗くて人の気配もほとんどない場所で俺は周囲を見渡す。確かこの辺だったはずだ、あいつのやってる店は。


 ――あった。黒い頭蓋骨のアイアン飾りが目印の、鮮血を浴びたかのような真っ赤な建物が。わかっていたことだが、本当に変わっているやつだと思う。こんな不気味な外観じゃ客なんてろくに来ないだろうに……。


「いらっしゃ……って、モンドじゃないかあ!」


 目の下にくぼみのあるエプロン姿の男が俺を出迎えてきた。道具屋の店主イフだ。日々、怪しい薬や魔道具の開発にいそしんでいる天才錬金術師で、俺の幼馴染でもある。例の便利なテントも彼が発明したものだ。


 故郷のアリエスの村から一緒にこのベグリムの都へとやってきたわけだが、冒険者になろうと言った俺の誘いをきっぱりと断り、子供の頃から夢だった店を開くことになったんだ。


「イフ、元気にしてたか?」


「まあまあってところだね。元気ではあるんだけど、微妙に元気じゃない」


「……相変わらずだな、イフは」


「あははっ……それにしても、一体どうしたんだい? まさか、冒険者を辞めて僕の店を手伝ってくれるとか?」


「いや、確かにパーティーを追放された身だけどな、まだまだあきらめてない」


「そっか……。でも、奇妙すぎる話だね。モンドみたいになんでもできるような天才黒魔導士が追放されちゃうなんて……」


「イフ……お世辞はやめろって。俺の魔力が滅茶苦茶低いのは知ってるだろ」


「そういえばそうだったね。でもその分、強すぎる戦闘勘があるからいいじゃないか。ま、モンドの素質は凡人にはわかりにくいのかもしれないけど。ククッ……」


 以前と変わらずイフの笑い方は不気味だが、彼は俺のことを一番評価してくれた人間でもある。俺が戦闘勘に優れているなら、この男は創作や日常における勘の鋭さを持っている。


「さあ、立ち話もなんだから中に入りなよ、モンド。ここに来たってことは、何か珍しいものでも持ってきてくれたんだろう?」


「お、さすがイフ。よくわかったな」


「そりゃね。君が来るとしたらそれしかないと思っていた」


 さすがはイフ。読みが鋭い。


 店内は色んな物で溢れていて、歩くスペースがあまりないくらいだった。昔から物を大事にする性格だからこうなったんだろうが、あまり長居はしたくないと思える。


「その椅子に座っておくれ」


「あ、あぁ、わかった……って!」


 俺が座った椅子のすぐ前に、珍種らしきモンスター群のはく製があって、目が合ってしまった。どれもこれも見た目がグロテスクだから、早く帰りたくなってくるな……。


「こ、これを持ってきたんだが……」


「おぉっ、それは……!」


 イフが俺の取り出した爪を見てこれでもかと目を輝かせてる。


「素晴らしい、素晴らしいよ、これは、あのコカトリスの爪じゃないか!」


「そ、そんなにいいものだったのか? 銅貨10枚くらいの価値しかないって言われたし、俺もそうだと思ったが」


「確かに、普通に考えればそうだね。でも、コカトリスの爪はほかの素材との組み合わせによって化けるんだ。モンド、ちょっと待ってて」


「あ、ああ……」


 イフがカウンターの奥に行ってからしばらくして、妙な香りが立ちこみ始めた。独特の匂いだな、こりゃ……。


「――できた! モンド、爪をくれたお礼にこれをあげるよ!」


「これは……?」


 イフから、灰色の液体が入った小瓶を受け取る。


「肌がとっても綺麗になる薬さ。もしガールフレンドとかいたら、プレゼントしたら喜ばれるはずだよ」


「おいおい……」


「いないなら、そのうち現れるかもねえ?」


「……」


 イフから目配せされてしまった。なんか意味ありげだったな。ガールフレンドなんていないし遠慮しようかと思ったんだが、一応貰っておくか。


「てか、本当にいいのか? そんなに凄い薬なら高く売れそうだが」


「それなら大丈夫。爪から抽出できる成分をほんの少し混ぜるだけで作れるし、それにこれにはが作れる可能性があるからね」


「もっと良い薬だって?」


「それは……内緒さ。クククッ……」


「……」


「それでも、知りたいなら教えるけど……?」


「いや、やっぱり遠慮しとく」


 もしかしたら知らないほうがいいのかもしれない。イフが作る薬は本当にやばいのが多いからな。何度か実験に付き合わされて酷い目に遭ったもんだ。


 というわけで、妙に嫌な予感がしたので、とっとと帰ることにした。その際、舌打ちされたので多分当たってたんだろう……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る