掌編小説・『真珠夫人』

夢美瑠瑠

掌編小説・『真珠夫人』

(これは今年の「真珠記念日」に因んでアメブロに投稿したものです)


掌編小説・『真珠夫人』


 真珠というユニークな宝石について、興味を抱き、研究している女性の学者がいた。

 こういう論文を書いたりしている。

「琥珀や珊瑚のように『生物が長い年月の末に宝石となった』という例はままありますが、真珠は成り立ちとして極めて特異なプロセスを経ています。アコヤガイという特殊な二枚貝が、生態として稀に宝石状の円形の物質を胚胎する。その習性に目を付けた人間が人工的に真珠を養殖し始めた。結果として安定的に人造真珠?が生産されるようになり、神秘的な海の宝だった真珠がかなりポピュラーになった。こうした歴史が…」

 彼女は名前を<小佐和・真珠(おざわ・まじゅ)>といって、6月の生まれだった。本名である。

 名前が奇縁となって、彼女が真珠に興味を持ったのであろうことも想像に難くない。そうして6月の誕生石もご存じの通り真珠である…

 majyuは、生物科学研究者の間ではすでに有名であって、「Mrs.Pearl」(真珠夫人)と異名をとっていた。美貌でもあり、乳白色の、真珠のような光沢のある素肌の持ち主だった。

 「日本で初めて実用化された真珠の養殖技術は未だ完成途上であり、というのは私見なのだが、一般にはバイオミネラルと呼ばれる真珠の生成プロセスの、外部から入り込んだ外套膜が真珠袋を形成して、カルシウムの結晶、つまりアラレ石と有機質つまりタンパク質コンキリオンが、こもごもに真珠層を形成していくその前段階の…(中略)…私が発見したのはつまり、この核を形成する、従来は単なる卑金属であった球形の物質を貴金属に置き換えることで、特殊でより美しい様々な真珠の変種が生成し得ることである。有機質とアラレ石の薄層構造が干渉色を生み出して、虹色のオリエント効果を…(中略)…例えば、ごくありふれたクリスタルを核にしても、真珠はより深くて反射率や輝度の高い光彩を放つのである。エジソンがさまざまな物質をフィラメントに使用してみた故事のごとくに私もあらゆる核となしうる物質で「新真珠」の作成を実験したが、大半はせいぜいが多少稀少度の高い珍しい亜種を作り得ただけであった。これらにももちろん鑑定上、市場価値が非常に高いものはあった。ただこの「新真珠養殖法」には、研究や実験を重ねるうちに限りない驚くべき可能性が存することが明らかになってきたのだ。例えば…」

 majyuは美しい緑の黒髪をかきあげかきあげつつ、キーボードを敲いていた。

 この後に記すべきことはすっかり脳内で出来上がっていた。

 様々な貴金属あるいは放射性元素、隕石、化石、あるいは高エネルギーの特殊な化合物…そうした「核」を孕ませた結果、生成された新真珠の数々は百花繚乱の「錬金術実験場」のごとき様相を呈して、新しい元素の発見にも匹敵しうる新物質の、浩瀚な発見リストが出来上がった。            

 彼女はその実験結果を細かく分類研究して帰納演繹のプロセスを繰り返して、複雑な超真珠の生成化合方程式を導き出した。

 そうして、古代のアルケミストたちの夢…「純金の合成」も実現させた!

 銀、ダイヤ、エメラルド、ラジウム、そうした非常に高価な金属、宝石もことごとくその超真珠生成方程式の応用によって可能だった。

 アコヤガイという特殊な二枚貝についても研究は及び、より超真珠の純度や精度を高める「スーパーアコヤガイ」を生み出す品種改良にも成功した。

 ここまでくるとそもそも真珠の涵養に与るアコヤガイという「母体」をも生成の過程から除外するという技術革新も可能に思われたが、そのためには生物学的な実験技術が未だしでありバイオ科学のさらなる進歩が必要ということが結論された。しばらくはアコヤガイのみが超真珠という「科学の秘蹟」を産出しうる神秘的な「母体」だった。

 majyuは軽業のようにキーボードを敲き続け、論文は最後に差し掛かった。


 「…ただ特記すべきは、ごくまれに突然変異のごとくに「超・新真珠」~私はこれを「ESurpearl」と名付けたのだが~を形成する場合があったことである。これは要するに核になる物質と真珠層のシナジーにより一種のESPを、その超・新真珠が発揮するという…素晴らしいような「夢の発見」であった。…」

「超・新真珠によるESP」というのは、超大型のアコヤガイについて方程式に基づいて複雑に鉱物、合金を混合した核で実験的に新種の真珠を合成すると、そのいくつかが、人間のサイキックなパワーを増幅させて、身にまとう人物を「超能力者」にする、という驚くべき効果が確認されたことだった。「…その真珠のイヤリングをすることで…例えば精神感応…テレパシーや、サイコキネシス、クレオヴォヤンスそういうものの能力が発揮されうる。が、これはかなり稀少な事例で、今後の研究課題である。…」

 majyuはカッコをして、その中に「終」という字を打った。

 この「S真珠の養殖にまつわる研究と応用」という論文は来月の「Nature」誌の巻頭を飾る予定だった。 

 世の中が仰天するような内容であった!


 『「真珠夫人」の面目躍如!』(当時の新聞見出しより)

 …その後、Sアコヤガイが生み出すS真珠は一大センセーションを巻き起こした。やがて一大理化学産業となり、様々な分野に応用され、majyuには莫大なパテント料が転がり込んだ。

 今年度のノーベル理化学賞にはmajyuの名前が有力視されていた。


「カチン」

 宝石をちりばめたようなストックホルムの極彩色の豪奢な夜景を眺めながら、majyuは夫の哲学者、石部金吉とグラスを重ね合わせた。

「ノーベル賞は明後日発表だ。たぶん君だろう。まだ早いけどおめでとう。そしてご苦労様」

「ありがとう。うふふ」majyuは微笑んだ。謎めいた、モナ・リザのようなアルケイック・スマイルだった。

 majyuの耳たぶにはピンク色の真珠が輝いていた。

 これは誰にも秘密で、論文にも載せなかったことだが、この真珠には秘密があった。

 ピンクダイヤモンドやその他の特殊な合金の混合物を核にして合成したこの”ESupearl”のピンクの真珠には「異性を強力に惹きつける特殊なサイキックパワー」を身に着けた人間に備えさせ効能があった。

 majyuはこの真珠をデートの時身に着けることで夫を一目惚れさせ、夢中にさせて、結婚してからは四六時中耳に光らせて夫を虜にし続けていたのだ。

 が、夫は謹厳実直な哲学者で、こうしたトリックがあからさまになっては困るので、majyuはそれを秘密にし続けていた。

 夫はガチガチに固い性格で、敬虔なカトリック信者でもあった。

 例えば最近の著書はこういうものである。


「いかに愛から欺瞞を排しうるかー 著・石部金吉(倫理哲学者)」


(了)


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