人魚泡ただしく

七山月子

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青々した緑が眩しく揺れている。私の拙い想い出が溢れるにはそれで充分だった。

少年は少女に恋をして少女は少年に恋をしたけれど、時間は残酷に進み尽くす。


「人魚泡ただしく、死んでいく話をしよう」


伯父の家に来ていた。緑茶の湯飲みをひと傾けしたのち、伯父は私に手招きをして

「美香の制服が皺になるといけない」

と衣紋掛けに中学のブレザーをかけてくれた。


ざっくばらんと言えば伯父は話し上手である。昔から遊びに行くと面白い話をしてくれた。それを楽しみに桜舞い散る苦しい坂を登って今日もまたここに来たのだった。


人魚泡ただしく、死んでいく話をしよう。

切り口はそんな一言で始まった。

そしてそれは甘くて切ない自身の恋焦がれる初恋に被り、最後まで聴く覚悟が覚束ない程に揺さぶられた。


伯父の家から自宅まで自転車を漕いでいる間中、伯父の口から紡がれた古い時計に死んでいった人魚の話が耳から脳内にこびりついて離れなかった。


学校に翌日行くと三池くんに目が合う努力を欠かさず、こんにちはをようやっと声にした時、涙が出てしまった。私は人魚になんてならずに済まない限りは伯父の家に再び行けないと確信していたのだ。

「美香、ちょっとこっちにおいで」

三池くんが真剣な眼差しで私を見ている。

「思い出せないの?」

三池くんが何かを私に伝えようとするが、私は良くも悪くも鼓動が収まらないので、必死に声を潜めていた。

ため息が聞こえたかと思えば、

「俺と美香は五年前にはもう、戻れないのかな」

三池くんは自分の教室へとゆっくり下を向いて帰っていくのだった。

このままじゃ人魚になってしまう。

「初恋に敗れて失意のまま時計の海へ飛び込んだ彼女は、人魚になって泡になり消えてしまいました」

伯父の渇いた声で紡がれたあの話が、私の胸に押し迫る。

三池くんが私と何かを共有していたんだとしたら、と仮定する。

予鈴は鳴って、廊下に足音は一斉に止んでいく。でも私は三池くんの教室まで数十歩を走らないといけなかった。

私は、三池くんの何かでしかない。もう何かでしかないのだ。

授業を始めようと起立の礼をしている三池くんにたどり着いて、呆気にとられた彼に私は告白する。

「たぶん昔も今も好きだしこれからも好きだよずっと」

人魚は泡になって消えてしまう。

緑が眩く窓の外で揺れる、12歳の春だった。

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