番外編 2人のバレンタイン
*今話は本編とは一切関係しておりません。
「奏太くん、今日はバレンタインですよ」
「あー、今日はそんな日か」
いつもと変わらず奏太の家で夕食を食べた後、2人はリビングで食後の満腹感を味わいながらも、ソファに座っていた。
琴葉からの言葉を聞いて、奏太は今日がバレンタインだという事を頭に浮かべる。いや本当はすでに浮かんでいたのかもしれない。
一年に一回のイベントで、全男子高校生達をワクワクさせる行事だ。今までは気にした事がなかったが、今年は違う。なんせ奏太には彼女がいるのだ。
そりゃ当然前日くらいから期待してしまうし、気にしてしまう。正直に言うと、食事中もずっと意識していた。
「チョコ、欲しいですか?」
「聞いてくるって事は希望制なのか?」
「単なる質問です。答えないとあげません」
「それはもう用意されてるって事なんじゃ……」
「うっ、」
リビングで可愛らしい声を漏らした琴葉は、クッションを抱きかかえて奏太の方を向く。きゅっと結んだ口にとろんとした瞳をしながらも、琴葉はゆっくりと話し始めた。
「こっ、こういうの初めてですから、奏太くんから欲しいって聞きたかったです……」
若干潤んだ目をしている琴葉は、言うまでもなく反則の表情だ。そんな顔をされては、欲しいですと素直に言わないといけない。
(可愛いすぎるだろ……)
これだから無意識美少女は心臓に悪い。表情一つ一つがこちらの心を揺さぶるので、鼓動は上がってしまう。
「そりゃ琴葉からのチョコなんて、欲しいに決まってるだろ、」
「そ、そうですか!要らないって言われたらどうしようかと思ってたので……」
「要らないわけないから」
琴葉はバレンタインが初めてだった。彼女の過去的にバレンタインを楽しむようにも思えないので、琴葉も琴葉で緊張していたのだろう。
かくいう奏太だって、誰かからチョコを貰うのは初めてだ。一個貰えるだけで嬉しいし、それ以上は要らない。好きな女の子から一つ貰えるだけで、幸せだった。
「これ、どうぞ」
琴葉は持って来ていたバックの中から小さな袋に包まれたチョコを取り出し、それを奏太へと渡した。その仕草が初々しいので見ていて微笑ましい。
「……まさか手作りか?」
「七瀬さんにも手伝ってもらいましたけど、一応手作りですよ……」
「琴葉怪我とかしてないか?」
「今そこを気遣われるのは、なんだか複雑です」
琴葉から渡された袋の中を覗く。チョコというよりはカップケーキという物で、小さな容器に入れられていた。奏太が余計な事を言ったからか、琴葉が少しだけむくれているが、それが幼気を増加させている。
「私、頑張ったんですよ?奏太くんに美味しいって思って欲しかったから、」
「ありがとう。美味しくいただく」
「………喜んでもらえて嬉しいです」
よほど緊張していたようで、頬に両手を当てながら子供のように照れて喜ぶ。口の中に含んだチョコのカップケーキの味が、いつも食べているチョコよりも甘いようで苦いような気がした。
♢
「奏太、お前チョコ何個貰えた?」
次の日の朝、教室に座っていれば拓哉が寄ってきた。
「一個だが?」
「愛しの姫沢さんか」
「そういうお前だって七瀬だけだろ」
「俺は普通に友チョコとかもらったぞ。あとなっちゃん以外にも俺を好きな子からな、」
彼女持ちなのにモテるのは流石といえる。普通彼女持ちの男にはあげないと思うのだが、それでも貰える辺り、モテ男なのかもしれない。
「ま、近所の幼稚園生だけどな」
「何だよ」
「流石に彼女持ちの俺に渡すやつはいないだろ」
「そうだよな」
いくらなんでも彼女持ちに渡す人はいなかった。幼稚園生なら、浮気の心配もないだろう。むしろ七瀬は子供好きそうなので、逆に喜びそうである。
「奏太はもっと欲しいとか思わないのか?」
「……俺は好きな子から一個貰えれば十分だから」
「よっ!一途な男!カッコいい!」
「拓哉黙れ!」
軽く蹴りを食らわせてやって、ふっと息を吐く。少々声が大きすぎた気がするので、呼吸を整えた。
「姫沢さん顔赤いけどどうしたの?」
「えっ、やっ、ちょっと体調が……」
奏太が気持ちを落ち着かせれば、教室からそんな声が聞こえてきた。それを聞いた奏太は、すぐに琴葉の方へと顔を向ける。
琴葉の顔は、これまで何度か見た事のある、耳まで真っ赤に染まった顔だった。
【あとがき】
・今回番外編という形で書きましたが、今後本編でもちゃんとしたのを書きます。これは短縮版みたいな感じですので、本編でもお楽しみにしていてください!
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