第104話 歯磨き合い①

「それじゃあ、始めるぞ?」

「は、はい。お願いします」



 膝の上で口を開く琴葉の唇に左手で腫れ、右手に歯ブラシを持つ。綺麗な歯並びをした口は、汚れ1つなくて真っ白に見える。



 左手で優しく唇を上に上げ、初めに前歯に歯ブラシを当てる。ビクッと体を震わせて、長い睫毛を振動させた。



 瞼を閉じているので瞳は見えないが、眉と鼻と口をだけでも、琴葉らしさを感じた。




「琴葉、いーってして」

「いー」

「口に出さなくていいからな」

「っ!?先に言ってくださいよ」

「誰も声に出してとは言ってないけど」



 笑いが混じられた揶揄うような口調でそう言えば、琴葉は開いていた口を閉じて、頬を膨らませた。




「なんか奏太くんがいじわるです」

「だからって、そんなリスみたいにならなくても」

「リス!?」

「もう見た目は完全にリスだぞ」



 膝の上に頭を乗せて照れている顔は、いつもとは違った角度から見えた。正面から見るよりも上から見た方が高さがあるため、琴葉の小顔はより小さく瞳に映る。



 それでいて歯磨きをしてもらうという事自体に恥じらいを感じているのか、微かに耳も赤らんでいた。




「リスって言われても全然嬉しくないです」

「リスみたいに可愛いって事だ」

「その可愛いは、絶対子供扱いの可愛いです」



 不貞腐れた琴葉は、膝の上に乗った顔を横に向けた。奏太は横を向いた琴葉の頭を撫でて、追い打ちをかける。




「歯磨きしてる時に顔動かしたら危ないんだぞ?」

「頭撫でながら言われても説得力ないです」

「じゃあ撫でるのやめようか?」

「そ、そういうのずるいですよ……」



 奏太の視点からは片耳しか見えないが、琴葉がどんな表情をしているかは、過去の経験から想像がついた。




「ほい琴葉、歯磨き再開するから顔の位置戻して」

「やです」

「急だな。どうしても嫌なのか?」

「どうしても、やです!」



 前方に垂れた長い銀髪を耳に掛け、また両手を握る。拗ねた琴葉は語尾がちょっとだけ上がるので、透き通る優しい声と合わされば、さらに効果が上がる。




「なら添い寝は無しかな」

「んっ、それは、、駄目です…」

「じゃあ歯磨きしような」

「はい……」



 奏太は右手に歯ブラシを持ち、和やかな笑みを送る。奏太の言葉を聞き、ゆっくりと顔の位置を戻した琴葉は、両手で髪を握ってそれで顔を隠した。両頬は髪で見えなくなり、口元は髪と手で隠れる。



 ずっと瞑っていた瞳は、今回は開いていた。光を反射する青色の瞳は、光沢が出ている。透明感あふれる銀髪は、琴葉の端正な顔立ちの魅力を際立てた。




「あの、それじゃ歯磨き出来ないんだけど」

「歯を磨かれるのって、思ってた以上に恥ずかしいんですよ」

「大丈夫。慣れる」



 琴葉は観念したのか、両手に握っていた髪を離した。そして小さな口を広げて、奏太の歯ブラシを待った。




「奏太くん、覚えててください」



 琴葉の言葉の真意は読み取れなかったが、ようやく歯磨きを始められそうだった。









-----あとがき-----


・いつもこの作品を読んでくれる皆様、お久しぶりです。投稿が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。


この時期は色々と多忙でして、中々時間が見つかりませんでした。今話も短めですが、どうかお許しを……。



また次の投稿までは間が開くかもしれませんが、完結までご愛想ください。


 



  


 



 

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