第103話 歯磨きって、どうすれば良いの?


「琴葉は、雷が怖いから俺と一緒に寝たいのか?」

「………そうです。」



 添い寝をしたい理由を尋ねれば、琴葉はキョロキョロと目を泳がせた。




「はぁ………怖いなら仕方ないよな」



 奏太は琴葉と寝て、いやらしい事をしようとしているわけでは断じてない。あくまでも、雷に怯える琴葉を保護するという建前で添い寝をするのだ。



 そこに下心も何もない。




「ここでほっといたら、俺は心がない人だと思われる、」

「という事は……」

「添い寝するよ」

「えへへ。ありがとうございます」



 琴葉は抱きしめていた枕を離して、明るい表情で顔全体に喜びの色を浮かべる。ちょこんと出た耳は赤くなっており、その一点だけを集中して耳れば、肌が白いのに耳だけピンク色をした、うさぎみたいだった。



 トロッとした瞳に上気した頬は、白い枕と対比になっている。




「また停電したら困るし、歯磨きとかの寝る準備はしておこう」

「歯磨きは念入りにしなきゃです!」



 顔に力を込めて意気込んでいるので、琴葉は歯に気を遣っているのかもしれない。それとも何か別の理由があるのか。

 


 奏太には別な理由があるように見えなくもない。




「俺が磨いてやろうか?」

「へ?」

 


 何やら念入りに歯を磨くらしいので、少しでも力になりたいと思って発言したが、まずかった。奏太自身もドライヤーをしてもらったのでそう言ったが、旅行で歯を磨いてあげる彼氏が果たしているのだろうか。



 琴葉はいきなりの提案に驚くような戸惑うような顔をした。発言した本人ですら、心の中ではパニックになっている。奏太と目を合わせた琴葉は、瞼を大きく開いて瞬きをした。




「磨く?歯をですか?」

「そのつもりで言った……」

「もしかして歯に何かついてます?」

「何もついてない」



 心配になったのか数回歯を確認しているが、当然何かついているわけがない。




「………磨かれるか磨かれないかで答えて、」



 あまり長引かせては奏太の心がもたなかった。女子に歯を磨かせてと発言して、平常心でいられる男は存在しない。



 それも、ドライヤーをしてくれたから自分も何かしてあげたいという気持ちの下で。




「えっと……」

「どっち?」

「磨かれ、、、ます」



 何故か琴葉はお辞儀をした。不意な事に照れているのは、その表情を見れば考える必要もなかった。さらさらな髪を勢いよく揺らしながらも、パシリと真っ直ぐ立った。



 ひとまず断られなかった事に安心しつつも、これから実際に磨くと考えると緊張してきた。異性の口の中を覗き込んで歯ブラシを入れる。そんなシチュエーションに慣れている方がどうかしている。



 磨かれる側の琴葉もどうすれば良いのか分からないのか、自分の左右の手を止める事なく動かしていた。



 

「じゃあ、磨くから歯ブラシ持ってきてもらっていいか?」

「は、はい」

「歯磨き粉もこっちでつける」

「分かりました……」



 平然な風を装いながらも、奏太はその場に座った。歯ブラシを取りに行った琴葉が帰ってくるまでに、すぐに磨ける準備はしておかなければならない。



 歯を丁寧に磨く技術など持ち合わせていないが、せめて不自由のない体制にしておきたい。琴葉は背が高くはないので、正座だと首を痛めてしまう。



 なので、胡座をしていたが足を伸ばして座った。




「歯ブラシ、持ってきました」

「ありがと」



 小走りで近寄る姿に可憐さを感じながらも、奏太は自身の太腿を2回叩いた。




「ここに頭置いて」

「そこにですか?」

「添い寝するんだろ?だったらこれくらい平気だよな」

「平気です」



 今も雨は降っており、またいつ停電するかは分からない。そうなる前に歯磨きは終わらせておきたいのだが、こうなってしまっては後に引けない。



 言い出したのが自分なので、尚更止めるわけにはいかなかった。なるべく早く終わらせるのを目標に、一歩踏み出した琴葉の足を眺めた。




「歯磨き、、お願いします」



 奏太の真横に来た琴葉は、そーっと腰を下ろして床にお尻をつける。後ろをチラチラと確認しながら、琴葉の頭は奏太の腿へとちょっとずつ近づいていく。



 体を横に伸ばしながら、頭はどんどん下へと降下した。奏太の目の前を通過すれば、シャンプーの良い香りが下へと流れていく。



 質量を感じない軽い頭は、気がつけばすでに腿の上に乗っかっていた。




「あの、優しくしてくださいね」



 透き通った可愛らしい声でそれだけ言えば、胸の前で両手を握って目を閉じ、小さな口を開いた。







-----あとがき-----


・遅くなってしまった&短い文章ですみません。


琴葉ちゃんが歯磨きを念入りにしようとしたか、察しの良い方は分かるかもです。奏太くんは分からなかったみたいですが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る