第101話 雷ゴロゴロ

「奏太くんの髪、男の子なのに柔らかいですね」



 奏太の髪にオイルを馴染ませたら、ドライヤーをかける前にモフリ始めた。琴葉のか弱い指が頭を触れているのが、感覚として伝わる。



 奏太はあぐらをかいて座っているが、琴葉は膝立ちしていた。それでも高さがぴったりなわけではなく、琴葉が腕やらを一生懸命に伸ばしていた。




「うちは父さんも母さんも髪質いいからな」

「お母様は綺麗な髪をしてましたね」

「琴葉はまだ父さんに会った事ないのか」

「ないですね。奏太くんが入院した時は、私行けなかったですし」



 琴葉がお見舞いに来れなかったのはサプライズを用意してくれていたからなので、会えなかったのは仕方ない事だった。



 夏休みにはこちらに帰ってくるはずなので、一度くらいは会うだろう。琴葉と母の関係が今も続いているのかは定かだが、母は琴葉をえらく気に入っていた。



 母は琴葉の事情も知っているし、あれから付き合ったという事もあるので、前回鍋を食べた時以上に可愛がってくれるだろう。



 そう思うと、母達には早めに帰省して欲しい。




「奏太くん、ドライヤーしますね」

「おう」



 頭を一通り触り終えた琴葉は、ドライヤーのスイッチをオンにした。




「痒い所あったら言ってくださいね」

「美容師か?」

「奏太くんのためなら何にでもなりますよ?」

「……すでにメイドにもなってたしな」

「それは言わないでください!」



 琴葉からしたら黒歴史なのか、柔らかなタッチから激しい指使いに変わって、奏太の髪をぐしゃぐしゃにした。



 奏太的には、琴葉のコスプレはレベルが高いと思っている。それもそのはずで、琴葉の整った顔に理想のスタイルを持ち合わせる人はそうそういないからだ。




「奏太くんはたまに優しくない時があります」

「揶揄ってるんだよ」

「そういう所です」

 


 奏太の後方でドライヤーをしてるので琴葉の顔は見えないが、ムーッと頬を膨らませているのが、安易に想像づく。




(なんか嫁さん持った気分……)



 お風呂あがりにドライヤーをしてもらっているからか、奏太の頭の中にはそんな考えが浮かんでいた。



 この旅行に来る前には琴葉がご飯も作ってくれた事もあり、琴葉の嫁感が否めない。もしこのまま琴葉が嫁に来てくれるのなら嬉しい事極まりないのだが、現実はうまくいかない。



 今のところ琴葉が他の男になびく様子は見られないのだけど。奏太は自分以外であっても、琴葉が幸せになる・・・・・のならその選択を優先してあげたい。



 琴葉の繊細な指使いで頭をいじられているからか、脳内が平和だった。



 

「気持ちいいですか?」

「とても」

「気持ちいいなら良かったです」



 他人にやってもらえるドライヤーが、ここまで気持ち良い物だとは思いもしなかった。




「こんなの毎日やってほしいくらいだ」

「だったら毎日やりましょうか?」



 つい愚考してしまった事が口から出れば、琴葉は迷う事なく即答した。




「………毎日して欲しいくらい気持ちい、」

「ですので、毎日してあげましょうか?」



 確認のためにもう一度言ってみるが、琴葉はまたも即答してみせた。奏太を揶揄ってるいるのかと思って後ろを振り向けば、平然とした顔の琴葉がいた。




「……たまに、、お願いしてもいいですか?」

「何故に敬語なんですか、たまにじゃなくて毎日でもいいですのに…」

「俺が駄目になる」



 日が経つごとに、琴葉のステータスが上昇している。今までは家事だけが勝っていたのに、最近ではそれすら危うい。



 作れる品のレパートリーは奏太の方が多いが、琴葉がこれから経験を積めば、たださえ容姿端麗なのに、家事まで出来るようになったら才色兼備の琴葉になる。




「一度くらい、駄目になりますか?」



 琴葉が耳元で、ボソっと悪魔の囁きをする。横目で琴葉を見てみれば、綺麗な銀髪に鏡のような瞳がある。




「………ならない」

「遠慮しなくていいんですよ?私はすでに奏太くんに駄目にされましたし」

「駄目になった人間が駄目な人間を作るのか?」

「私はちゃんとします」

「なら俺もちゃんとする」



 奏太が琴葉を駄目にした記憶はないが、琴葉的には駄目にされたらしい。入学して暫くしてからずっと夕食を作ってあげていたので、琴葉はそう感じるのかもしれない。




「私は恩を返したいんです」

「言ったろ?恩は返す物じゃなくて、与える物なんだよ。だから無理して返そうとしなくていんだ」

「なら、いっぱい恩を与えてやります」

「その分俺も与えるけどな」

「だったら意味ないです」



 髪を触っていた手は止まり、ドライヤーの音も消える。後ろを見てみれば、ちょうどドライヤーをし終えたようで、コンセントを抜いていた。



 ドライヤーをし始める前から髪は乾きつつあったので、そこまで時間はかからなかった。コンセントを抜いてドライヤーを片してる琴葉を、温かい目で見守る。



 丁寧にコンセントからプラグを抜いてコードを束ねた琴葉は、また奏太の後ろに膝立ちした。




「何かあるのか?」

「前向いててください」



 大人しく前を向きつつ、耳をとぎ澄ます。床に膝を引きずっているのか、ズズッと音がする。音はすぐに消え、背中に琴葉が近づいたのを感じる。



 全神経を背中に集めれば、弾力ある物体が背中に当たった。その次に、右腕と左腕に琴葉の腕が回ってきており、奏太の事を全身で抱きしめた。




「続き、しましょ?」



 頸の辺りには琴葉の顔が来ており、光を纏う長い銀髪が体に触れる。柔らかな毛先にくすぐったさを感じながらも、琴葉の奏太を抱きしめる力は強くなる。




「続きって何の?」

「奏太くんが抱きしめてくれたじゃないですか」

「だから次は琴葉が抱きしめていると?」



 顔だけ後ろに向け、コクリと頷く琴葉を視界に入れる。




「なら俺も振り返っていいか?」

「駄目です。緊張します」

「続きなんだろ?琴葉はさっき振り向いたし……」

「駄目ですよ?絶対ですからね?」



 一線は超えたのに、正面を向いたハグは恥ずかしいらしい。これまでに正面でのハグの経験はあるが、どれも顔を赤くしていた。



 宣言されてだとその数倍恥ずかしいらしく、奏太が体を後ろに向けられないように、顔を強く押し付けていた。




「琴葉がそれでいいならいんだけど、」

「不満ですか?」

「いやいや、琴葉が幸せなら俺も幸せって事」

「不意にそんな事言わないでください……」



 不貞腐れる声がするので、奏太は後ろに手を伸ばして頭をそっと撫でる。一本一本が細くて柔らかい髪が手に触れるので、それを指に通す。

 


 触れて心地よい髪の良い例で、女の子という印象を強く受けた。




「ん、いつもあやすように撫でてきます」

「だってあやしてるし」

「っ!ばかっ!」



 罵倒とは感じない罵倒を受けても、心は穏やかなままだった。むしろその罵倒を可愛らしいと思ってしまう自分もいた。



 引き続き触り続ければ、奏太の背中をポンポンと弱い力で叩く。それが琴葉なりの抵抗のようで、痛くもない打撃は心にダメージを与えた。




 『ゴロゴロゴロゴロ!』部屋で琴葉とくっついていれば、外で雷が鳴った。




「結構天気荒れてきたな」



 早い段階で拓哉達に連絡をしておいて本当に良かった。もし携帯の充電が切れでもしていたら、大変な事になる所だった。




「明日は晴れるといいんだけどな、」



 友人との旅行の最終日に、雨で何も出来ない。そんなつまらない最後は終えたくない。




「……琴葉?」



 奏太が呟く事に対して一度も返事がないので、後ろに目をやる。この数分だけで、何度後ろを向いたかは数えられない。



 また顔だけ後ろに向ければ、琴葉の抱き締める力は強くなった。




「琴葉、急にどうしたんだ?」



 優しく語りかければ、頸にひっついていた顔は上に上がる。琴葉と目を合わせれば、その瞳には涙が溜まっていた。




「雷………怖い、」



 いよいよ小動物かのように肩を震わせる。『ゴロゴロ!』二つ目の雷が鳴れば、琴葉は奏太の事を押し倒して抱き締める。



 その最中にどんな体の動かし方をしたのか、奏太の体の上に琴葉が乗っかっていた。




「あの、体制がやばい」



 この状況は色々とまずいので、ひとまず落ち着かせるためにも何とか起き上がりたい。




「……離れるんですか?」



 奏太の胸元に顔を埋める琴葉は、声を震わせていた。残念な事に、雷に怯える琴葉の顔は見えず、奏太の視点からはツムジしか見えない。



 気がつけば両手で左右の浴衣を握りしめており、体を立て直す事も出来なくなった。



 3度目の雷が落ちた時にはついに停電し、部屋の明かりも一気になくなる。




「怖いので、そばにいてください…//」



次に奏太の胸元から顔を上げた時には、本気で怯えている琴葉の表情が目に映った。

 






-----あとがき-----



・100話越え1発目は、アクセル全開で行きます。

ちなみに琴葉ちゃんが膝立ちすれば、騎乗位出来ます。(誰得)



 一日2本投稿は頑張った!



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