第66話 おやすみ

「俺も一緒に寝ればいいのか?」



そう聞いても、すでに眠った琴葉から返事が返ってくる事はない。ただ無防備な姿を晒している少女を1人眺めているだけだった。



ここで一緒に寝るべきか戸惑うのは、風呂場で誓った事に反してしまうのでは、と疑っているからなのか。



添い寝をするだけなのでいやらしい事はこれっぽっちもないのだが、何故かあと一歩という所で立ち止まってしまう。



病室の時とは違い今は思考も冷静なので、きっともっと琴葉の事を意識してしまうだろう。それは彼氏として良い事であるはずなのだが、やはり前に進めない。



ベットに腰を下ろした体を、少し傾けるだけで良いのに。




(俺はどうすれば良いんだ?)



ここで素直に琴葉からの誘惑に乗っかってしまって良いのかと、自分に問う。眠気によって引き出された本来の琴葉からの要求なので、その願いは本心ではあるのだろうが、トントン拍子で事が進みすぎている気がする。



この世を生きてるので、たまにはそんな事もあるのだろうが、色々と上手くいき過ぎている。



奏太の中で奏太自身を止めているのは、守ると言った言葉ゆえだろう。守るというのは、一方的な保護だけでない事は分かっているのだが、行動に移せない。




(………でも、琴葉からの誘いだしな)



ちょっと思い返せば、添い寝を要求してきたのは琴葉なので、奏太が気にする必要は何もない。だが、奏太の中で付き合ったからという理由で関係を急接近させるのはあまり良い物と思っていない。



変に急いだりして返って逆効果、なんて事には絶対にしたくない。今も、もしかすると本当はビビっているのかもしれない。 



2人の関係を急接近させてしまう事に。ゆっくりと仲を深めていきたい奏太からすると、一週間に2度も添い寝というのは早すぎる気がするのだ。



過去の経験からか、スピードなどは大切にしたいと考えている。今のこの思いに勘違いや嘘なんてつきたくない。だから、今は琴葉からの要求に真っ直ぐ頷けなかった。




(……ヘタレだな、俺も)



頭などは簡単に撫でたりする癖に、ちょっと展開が上手く進むと臆してしまう。本当に一度体の繋がりがあったのかと、にわかには信じがたい。



病室では添い寝だけでなくキスもしていた。あれは自分の気持ちを相手に知らせるために少し大胆な事をしただけであって、あれを毎回しようとは思っていない。



そういう欲求が一切ないかと言うと嘘になるが、奏太は頭を撫でるだけで十分だ。



それほどまでに、2人にとっての心の繋がりは大きい物だった。こうして簡単な添い寝すら出来ないくらいに、心を変えてしまった。



これが好きという感情なのか、と1人考えながらもソファからそっと立ち上がった。ここに長居してしまっては、折角成長した心が自分の欲求によって無駄になってしまいそうだから。



一応何かあった時のために、琴葉のベットの近くに敷き布団を敷く。そして余計な事は考えぬよう、今のすっきりとまとまった思考状態のまま、瞳を閉じる。



奏太自身も今日一日は疲れたのか、あっという間に睡魔がきた。




「おやすみ、琴葉」



意識が消える前にそれだけ口にする。そのあとはプツリと視界が暗くなり、眠りに落ちた。




「………本当に守ってもらえるんだ」



奏太が眠りに落ちてすぐに、琴葉は上半身を起こす。あの時、カメラのライトと共に眠りも解けていたようだった。



添い寝の要求に関しては本心なので、琴葉自ら触れる事はない。体を覆う掛け布団をどかして、琴葉がベットから降りる。




「自分は敷き布団って、良い人過ぎますよ」



ベットからは歩幅が二歩程度離れた奏太の元へ足跡を立てぬよう近づく。奏太の寝顔をじっと凝視した琴葉は、迷う事なくスマホを取り出して写真を撮る。



奏太とは違い一枚で収める。琴葉には、その一枚が有れば満足だった。




「…………何もしないんですね」



敷き布団に眠る奏太に向かってそう呟き、膝を床につける。両手も床につけ上半身を少しずつ奏太の方へと寄せる。



意識のない奏太に唇を合わせれば、琴葉は1人悶えた。一度そっと唇を重ねれば、なんだか居た堪れなくなり、再びベットへと戻った。




「………暑い」



奏太から与えられた掛け布団を自分に掛け直せば、そんな言葉を発する。火照った体に掛け布団は火に油を注ぐようなものだ。



それでもその掛け布団をどかす事なく、じっとベットの上で耐える。窓からは蟹座の星が見えていて、夏の訪れを感じさせた。







-----あとがき-----



・ヘタレ奏太くんの出来上がり。病室ではキスもして、数ヶ月前にはもっと凄い事もしたのに……。



愛を育むと人は成長しますね。琴葉ちゃんも絶賛成長中ですよ!



さて、次話からはいよいよ夏イベントですかね?お楽しみに〜











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