第65話 ベットとおねだり

「おーい、寝たのか?」



琴葉の肩を優しく揺らす。真っ直ぐに伸びた髪は左右に揺るが、それ以外は特に変化はない。



開きそうにない瞼は、琴葉の睡眠の深さをより強調していた。




(………さて、どうするか)



お泊まりに誘ったは良いものの、寝る場所などの事は一切考えていなかった。誘った時はそんな事を考える暇もなかったので、仕方ないと言えば仕方ない。



考えうる今後の行動の選択肢としては3つという所か。このままソファに寝てもらうか、奏太のベットに寝かせるか。最悪起こすか。



3つ目の選択肢は即却下だろう。今日一日奏太のために頑張ったり辛い思いをした琴葉を、眠りから覚ますなんてとてもじゃないけど出来そうにない。



そうなると残る2つに絞られるのが、ほとんど2つ目の奏太のベットに運ぶ事になりそうだ。



奏太に、ソファに女子を寝かすなんて非常識な事は出来ないし、折角泊まりに来てくれた人をソファに寝かせるなんて対応は失礼すぎる。それが琴葉なら尚更出来るはずがない。



もし、このままソファに寝かせて翌朝体でも痛めさせてしまったら、罪悪感で立ち直れそうにない。そうなると、やはり奏太のベットに琴葉を寝かせるしかなさそうだ。



琴葉がベットに寝るとなると、この家には奏太用のベットと敷布団しかないので、敷布団に寝るのは奏太になるだろう。



琴葉をベットに運ぶという可能性を思い付いた時から、敷布団に寝るのは奏太だと決めていた。



両親達が引っ越し先にベットを持っていっていなければ、奏太のベットではなく母のベットにでも放るのだが、持っていっている以上これしか方法がない。



両親も仕事の都合なので口出し出来ない。



そうこうしているうちに琴葉の体は少しずつ傾き、いつの間にか奏太の肩へと頭をつけていた。長い睫毛で瞳を覆い隠し、緩んだ頬は奏太に対する警戒心を全く持っていなそうだった。



1人の女性として、男の前で無防備な姿を晒し、警戒心すら見せないのはどうかと思うが、琴葉の中で自分に太鼓判を押してもらったようで嬉しかった。



一度致しているので今更、なんて考えもあるかもしれないが、何となく琴葉の中で奏太は、自分の事を見てくれる安全で過保護な彼氏という認識になっていそうだ。



そんな認識なのも、出会い方が特殊だったからこそ、人とは違う価値判断になっているのかもしれない。




(………そろそろ運ぶか、)



考え抜いた挙句、辿り着いた答えは奏太のベットに運ぶという物だった。これが一番マシで一番琴葉のためになるはずだ。



許可なく女性の体に触れるのは良くないが、看病の時も怒られなかったし、今回も大丈夫だろうと甘い考えのもと、腕を伸ばす。



細い膝裏に腕を回し、背中にもう片方の腕を添えるようにして回す。ひょいと軽く持ち上げれば、羽を持ったかのようにふんわりと体をソファから離す。




「んんーー、、」



体を持ち上げられた琴葉はそんな甘い声を漏らしたながらも、反射的に奏太の首元へと手を伸ばしてくれた。



お姫様抱っこという文字が似合う今の状態に、音を立てないように一歩足を前に出した。起こさないように静かにゆっくりと。




『スタッ、スタッ』



明かりの消えたリビングには、そんな足音だけが鳴り響く。心地の良い音量で音を出していたテレビはエンディングを終え、いよいよ奏太の足音だけを目立たせた。



リビングの扉を開ければ、後は2階へ登るだけ。人1人を持ちながら階段なんて登った事がないが、不思議と簡単そうに思えた。



事実あっという間に登り終え、自分の部屋の前へとやってきた。




「よしっと」



琴葉の体をベットの上に沈ませ、その上に掛け布団を被せる。何一つ問題を起こす事なく無事に運ぶ事が出来たので安心感と達成感を覚えながらも、奏太もここに敷き布団を用意しないといけない。



そう思って部屋を出ようとした時だった。




「奏太くんの匂い……」



奏太が被せた掛け布団をぎゅっと握り締め、口元を覆い隠すようにしながらそんな言葉を口に出す。



それが夢なのか現実なのか、奏太には分かりそうにない。それでも、ここで琴葉の様子を眺めていたくなってしまった。



謎にダブルの奏太のベットは、琴葉1人で寝るにはスペースが有り余っており、その空いたスペースに腰を下ろす。



そこに奏太がいるなんて気付きもしない琴葉は、変わらずずっと幸せそうな寝顔を浮かべる。


 


(本当に綺麗な寝顔だな)



お世辞ではなく、本心からそう思う。普段も十分に綺麗な顔をしているのだが、変に強がったり色々抱え込んだりしていない分、寝顔は本来の顔立ちが良く分かる。



いつからか良くなってきた血色の良い唇は、それだけで色っぽさを出している。それをかき消すかのような高校生にしては幼めな顔立ちは、愛嬌を感じさせた。



頬に人差し指でそっと触れれば、長い睫毛をびくんと動かす。眺めていると写真を撮りたくなってくる欲求に襲われ、そして呆気なく負ける。



これまで写真を撮るなんて行動に意味はあるのかとその本質を理解していない奏太だったが、こういう時のための機能なんだと、記録に残しておきたくなる気持ちに納得する。




『パシャリ、、、パシャリ』



一枚しか撮る気はなかったのだが、手はシャッターボタンを数回押していた。カメラのライトが琴葉の顔を照らす度に、まだ完成度の高い写真が撮れるのでは、と可能性を疑った。




「んぅんーー、」



流石にライトを照らしすぎたので、琴葉は瞼をピクリと動かした。眉を上下し、掛け布団を掴んでいた手は目の方へと移動する。



目を擦るようにして左右に何度か行き来した後、一瞬だけ重たい瞼を開いた。その目は奏太と目が合い、閉じた瞼は再度開いた。




「奏太くん……?」

「おう」



目を薄らと開いた琴葉は、辺りを見渡す事なく奏太だけを見る。




「………一緒に、」



まだ意識は夢の中なのか、そう口にした琴葉は、手の平を奏太の方へと伸ばした。




「奏太くんも、一緒に……」



眠そうな声と共に出てきた言葉は、恐らく添い寝の誘いだろう。その願いは本当に子供の要求そのものだ。



しかし、数年ぶりに出したであろう人に甘えるような言葉は、琴葉の長年の心の鎖が解けていくかのように、真っ直ぐなものだった。






-----あとがき-----



・いや〜、最近はどうしても描写が多くなってしまう。書きたい事が多すぎるんですよねぇ〜。


最初の方は描写なんて書けなかったのに、ここ最近は書ける量が増えてきたのは、自分も成長ですかね?



次話、再び添い寝………?病室の夜の再来?













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