第50話 防戦一方

「俺の事覚えてるだろ?忘れたとは言わせねぇぞ?」



指をポキポキと鳴らしながらこちらへ近づいてくるのは、以前拓哉と行ったゲーセンの途中に出会った男だ。



日の当たるところで見てみると、背丈は奏太と同じくらいかちょっと低いくらいだが、体全体がごつかった。




「覚えてますけど何です?俺たちに何か御用で?」

「おい、あんま調子乗んなよ」



前回同様、相変わらずキレ気味で、見るからに脳みそが筋肉で出来ていそうな男だ。




「月城、あいつやばいんじゃないか?」



あの男とは初対面で、そのオーラに若干ビビっている間宮は奏太の元に近寄ってきた。




「……様子見だな」

「だけどよ」

「今はまだ何もできないから」



あいつがここに来たのは偶然のはず。そうだとすると、あの男の目的も要求も何も分からない。



指をポキポキと鳴らしていたので、無事に返す気はないのだろうけど。予想するなら、琴葉を呼べなどと述べそうだ。




「あの女がどこにいるか教えてくれねぇか?そしたら前の事はチャラにしてやるよ」

「それは無理な話だな」



考えている事はお見通しだ。即答で拒否られた事に、男は少し苛立ちを見せて来た。




「あー、じゃあお前らに選択肢をやるよ」

「選択肢?」

「この前の女をここに連れてくるか、それとも口を割るまでボコボコに殴られるか、だ」



実質二つに一つのような選択肢だが、それを飲み込むほど奏太も馬鹿じゃない。




「さぁ、どっちにする?」

「どっちも嫌だな」

「じゃあ、半強制的に後者の選択肢になりそうだ」



間宮とは違う、本物の悪の笑みを浮かべる男に、少しずつ恐怖を感じる。初めからこれを狙っていたかのように、拳を握った。




「間宮は……こっちのやつは関係ないんだ、帰してやってくれないか?」

「あ?そいつは見てねぇ顔だな。まぁ、てめぇが残るならそっちのあんたはどっか好きにしろ」



流石は脳筋と言った所か。後先の事なんて一切考えていない。これで間宮だけでも逃す事が出来る。




「おい月城、お前はどうするんだよ」

「どうするって残るしかないだろ」

「………見過ごせねぇよ。見て見ぬふりなんて、したくねぇよ!」

「間宮、」



間宮に凄い変化が起こった。つい数分前までクズだと思っていたが、奏太の熱に当てられたらしく、なんと見過ごせないと言い始めた。




「………ここに残ってもあいつから殴られるだけだぞ?」

「2人相手なら勝てるかもしれない」

「可能性はゼロじゃないが、お前だけでも逃げた方がいい」



2人で対抗すれば、もしかすると殴り勝てるかもしれないが、最悪の場合どちらもタコ殴りにされるかもしれない。



 

「ここに呼び出したのは俺だからな、責任を取らせてくれ」

「月城…」

「あいつの気が変わらないうちに行けよ」

「………すまない。本当に」



走って逃げた間宮を見届けた後、またも男は一歩前へ近づいた。そしてその足は止まる事なく奏太の元へ向かってくる。




「あんた、名前は?」

宮原甚二みやはらじんじだ」

「殴り終わった後に警察に届けてやるよ」

「そうならないように、てめぇに恐怖心というのを植え付けてやるよ」



そう言うのと同じタイミングに、大きな被りを見せた力一杯の右ストレートが飛んできた。



スピード自体はそこまで速くないので、正面対決なら避けられそうだ。




「ちっ、やっぱ空手やってたやつはすばしっこいな」



初発の一撃から5回くらい交わしているのだが、中々攻撃に移せない。避けた後に近づこうとすると、逆の手や足に目が行ってしまい、相手の間合いに入れない。



一つの動作に一々感想を述べるほどに余裕がある甚二だが、奏太にはそんな暇がなかった。




「……あの時の写真を警察に提示するぞ」



休憩がてらにそんなカマをかけてみる。もう会う事はないだろうと思い込んだので写真は削除してしまったが、今回もこれで通用するかもしれない。



うまく引っかかってくれる事を願いながら、口を開くのを待った。




「写真なんて、お前をボコした後に携帯ごと粉砕してやるよ」

「だったらその携帯を持っていって、器物損害で訴える」

「あ、携帯ごと捨てれば証拠すら残んねぇな」



脅せば脅す程に事態は悪化していく。言葉が駄目なら誰かからの通報があるまで粘るしかない。



(……ここ人通り少ないんだった)



間宮と人に聞かれたくない話をするために、この場所を選んだ事を今更ながらに後悔する。




「ちょっとずつ反応が遅くなってきたな、そろそろ限界か?」

「はぁ、はぁ」



中学と高校と運動もろくにしないでダラけた生活を送っていたからか、あっという間に体力は底を尽きた。



足はガクガクに疲れたし、息切れもしてきた。




「まずは一発!」



先程以上に大ぶりな一撃を、避ける事が出来ず喰らってしまう。腕でガードしていたのに体がふっとんだ。



受けた腕にはじんじんと痛みが走る。




「あ〜、面倒かけさせやがって」



転んだ奏太の体にすかさず蹴りを入れた。体が一回転、二回転と転がる。




「俺だってこんな事したくないんだぜ?お前が口を割れば許すって言ってんだろ?」



膝を曲げ、尻を地面に下げた状態でそう呟く。見てみれば息切れ一つしておらず、まだまだピンピンしていた。


 


「絶対言わない」



下がった位置にある顔に、奏太も大ぶりの力を込めた一撃を喰らわせる。顎付近に大きいのを喰らわせたので、ダメージは入ったはずだ。




「流石は経験者だな。俺じゃなきゃ意識飛んでたぞ」



甚二の口からは血が出ていて、傷のような物も出来ていた。



意識が飛ぶレベルの一撃を与えたのだが、直前に後ろに下がり最小限のダメージまで抑えた事で、意識を持ち堪えたようだ。



その判断力と反射神経に、勝利するのは不可能だと確信する。




「さて、言うまで殴るからな」

「……絶対言わない」



奏太がそう発すると同時に、パンチは飛んできた。寝転んだ状態から体勢を直すこともなく、ただひたすらに拳や蹴りが飛んでくる。



頭は何とか守っているので気絶は防げそうだが、上半身から下半身にかけてのダメージがちょっとずつ蓄積していく。



抵抗する間もなく飛んでくる暴行に為す術もなく、時間だけが過ぎていった。




「はぁ、はぁ。そろそろ言えよ」

「言わない」



流石の男も何発も力を込めたパンチや蹴りを繰り出すと体力は消耗するようで、やっと息切れを始めた。



奏太に再度その提案をしてきたのは、自分にも疲労が来ているからに違いない。



ここで自分に負けてしまっては、あの時と同じようにまた後悔する。それに琴葉を守ると誓った以上、そう簡単に話す訳にはいかない。




「クソっ、何がそこまでお前をそうさせるのかは分からんが、そろそろトドメだ」

「まだ諦めてないからな」



体中が痺れる痛みに追われながらも、それを抑え込むようにして殴り返す。それと同時にアドレナリンが出たのか、痛みを感じなくなった。




「………イテェな」

「俺は言わない。諦めて去れ」

「あんな絶品を安易と逃すかよ」



殴り返したとは言ったものの、男に大したダメージは入っていなそうだった。




「そこまでだ!」



男と2人向かい合う中、横からそんな声が割って入る。




「月城!大丈夫か!?」

「……間宮」



逃げたと思った間宮は、ここから距離のある交番まで直接行き、警察官をここまで連れてきたようだった。携帯で通報するよりもその方が時短に繋がると判断したらしい。



ここは入り組んだ道に狭い路地なので正しい判断だった。息切れをしている間宮が視界に入る。




「……ありがとな」

「酷いやられようじゃないか!大丈夫なのか?」

「あの間宮が心配するなんてな」

「もう関わらないと言った手前、さっきから凄く気まずい」



奏太の頭の下に手を通し、持ち上げるようにしてこちらに目を向けた。




「今、警察の人が救急車も呼んだからな」

「そうか、」

「あの男も問答無用で現行犯逮捕だ」

「……良かった」



視界がボヤけてくる。その言葉を聞いて安心したのか、静かに瞳を閉じた。







----あとがき----


・なんか死んだみたいな終わり方になっちゃった。一応生きてますよー!



あと、人物紹介の間宮の特技が出てきたかな?

てか、間宮のキャラ変が凄い……。



さてさて次回は2話ぶりの琴葉ちゃんの登場です!はぁー楽しみ!


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