第44話 成長

「あ、やっぱり奏太だ」

「え、日菜さん…?」



奏太達の目の前に現れた女の人は、白川日菜しらかわひなという名前の奏太の恩人だった。



以前デパートで見かけたのも、やはり日菜さんだったようだ。中学卒業以来の数ヶ月ぶりの再会に懐かしさを感じる。




「久しぶりだね」

「そうですね。久しぶりです」

「そちらの方は彼女さん?」

「……彼女ではないですよ」



いきなり親しく話し始めた奏太に、琴葉はポカンとしながら様子を窺っていた。




「奏太が女の人と……。もしかして、あの事・・・も解決したの?」

「それは、まだですけど……」

「そっか、そうだよね。もちろん誰かに話したりもしてないよね?」

「………まだ話してないですね」



彼女こそ、過去の出来事で奏太が落ち込んだ時に世話になった人の1人だ。その事を一番気にかけてくれて、その節にはとても話を聞かせてもらった。



あの日、1人で道端に崩れ落ちていた所を、日菜さんに話かけてもらった記憶が今でも鮮明に蘇る。それと同時に、その詳細も思い出してしまった。




「あ、私は白川日菜だよ。よろしくね」

「南沢琴葉です。よろしくお願いします」



警戒心ダダ漏れの猫のような琴葉は、顔をジロジロと見ながら挨拶を返す。




「でも良かったよ。楽しそうにやってるんだね」

「まぁそれなりには…」

「中身は変わってなさそうだけど」

「そうですね」



痛い所を突かれる。随分と相談していたので、日菜さんもこちらの事情を把握しておきたかったようだ。



それでも、今楽しそうに過ごしている奏太を見て安心したようだったが。




「こっちに帰ってきてたなら連絡してくださいよ」

「いや〜、それが携帯を壊しちゃってね〜」

「何をやってるんですか」

「あ、今追加しとこうかな」



ひょいと手を伸ばし、スマホにQRを表示していた。奏太もアプリでカメラを開き、それを読み取る。




「何かあったら、また相談するんだぞ」

「………もう大丈夫ですよ」




そっか。と綺麗な笑顔を浮かべる。去年まで高校生だったとは思えないほどに大人びた顔つきをしていて、肩くらいまでの長さの髪は、よりそれをアピールしていた。



お互い久しぶりという事もあり、積もる話もあるだろうが、今はどちらも用事があったらしくここら辺で打ち切りになりそうだ。




「じゃあ日菜さん、俺たちも行くので」

「またね〜」

「………ありがとうございました」

「うんうん。バイバーイ」



両者共に背中を向き合って、一歩前に歩き始める。連絡先は交換したので、また後日連絡をする。




「そうそう。琴葉ちゃん?」



面識のあるのは奏太だけのはずだが、何やら琴葉に伝えたい事があったらしい。



こちらを振り向いて、駆け寄って来た。




「奏太、根はとっても良い子だからよろしくね!」

「それは存じてます」

「なら良かった。………何があっても受け入れてあげてね」



日菜さんが言った言葉の真意を、琴葉は理解出来ていなかった。琴葉が即答してくれた事に感謝しつつも、水族館の残るブースへと足を運んだ。




「奏太くん今、体調悪いです?」



いくつかブースを回った後、近くの椅子で休憩をしている時にそう言われた。




「え?いや、そんな事ないけど」

「さっきの女性、日菜さんに出会ってから、なんだか辛そうです」



辛そう?そんなはずはない。昔の恩人に会えて、その時の事を色々と思い出しただけだ。



そこに懐かしさはあっても、悲しさや辛さはない。




「少ししか話していないですけど、あの方いい人なのでしょう?」

「……恩人だな」

「それを疑うわけではないですが、やっぱり辛そうに見えます」



ここ最近ずっと側にいるからか、多少の変化には気づくようだ。



奏太自身も気づいていないフリをしているが、本当は気づいている。琴葉が気になる事も聞こうとしている事も何もかも。



日菜さんと話して、忘れていた過去をまた1人思い出してしまう。



それでも、まだ話す事が出来ないのは自分が成長していないからだ。琴葉には散々口を並べてアドバイスしている奏太も、自分にだけは弱かった。




「……体調なんて悪くない」

「奏太くんは私が体調悪そうにしていたら、気づきますか?」

「当たり前だ」

「ではそれと同じです。私も気づきます」



まんまと口車に乗せられるが、事実なので仕方がない。



「………奏太くんだって甘えて、頼っていんですよ?」

「琴葉…?」

「奏太くんにも辛い事や嫌な事、あるはずです。でも、それを溜め込まなくてもいいんですよ?」



見透かされていた。琴葉も一度、同じ経験をしているからか、奏太の考えている事などはお見通しのようだった。



これまでの琴葉とは違い、今は私の番です。とそれが伝わるくらいには、真剣な眼差しをしていた。




「私を守るって言ってくれた時、すごく嬉しかったんです。本当の私を見てくれる人に会えた!って思ったから…」



自分の感じた事をこうもすらすらと述べられると、リアリティがありすぎて、奏太の想像を超える。



それでも、まだ琴葉は止まろうとしなかった。




「昨日も約束通りに駆けつけてくれて、嘘じゃないんだ。そう実感出来ました」



琴葉は右手を上げて、自分の胸の辺りを触る。大きめのシャツが、琴葉の動きを大袈裟に表現する。




「お陰で私は今、とっても暖かいんです。1人寂しかった頃とは違って、すごく……」

「………そうか。良かった」



ここまで琴葉を見てきた、その成果が分かるようで奏太自身も胸に込み上げてくる物があった。



もう次の言葉は、琴葉が言わなくても予想出来た。




「だから今度は私も力になりたいんです!奏太くんがどんな事を感じているかは分からないですし、私は何も出来ないと思います。それでも聞いてあげるくらいは出来ます!」



本音をぶつけてきた琴葉を見て、奏太も分かった事がある。ここ最近の琴葉が輝いて見えたのも、それが原因だった。



単純に、過去に終止符を打ったと思い込んでる自分とは違い、悲しい過去よりも今を歩き始めた琴葉に対し、嫉妬していたのだ。



妬み嫉みではなく、尊敬としての嫉妬。前向きに生きている琴葉と、逃げるように目を離す奏太。この2つが奏太と琴葉にある決定的な違いだった。



奏太が琴葉に向けた同情というのも、似た境遇を過ごした奏太は、琴葉程ではないがその悲しさを知っているから。




「………つまらない話だけど、聞いてもらえるか?」

「はい。お聞きします」



呼吸を落ち着かせるために深呼吸を行った後、静かに口を開いた。






-----あとがき----

・自分に書く技量がないのを、どうかお許しください。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る